審神者には就任時にこんのすけ一匹、担当官が一人つくのが決まりだ。
細かい役割区分も色々あるらしいが大まかに分けると、審神者のサポートがこんのすけで、本丸運営の向上、促進が担当官の仕事らしい。
もちろん同じ人間としてメンタル面のサポートもあるが、同じ人間だからこそ相性というものは存在していて、それで言うとうちの主と担当官は相性が悪い、らしい。
らしいというのは今までに担当官が本丸に訪問したのが私が顕現するより前とタイミング悪く遠征や出陣に行っている時で話に聞く程度しか知らないからだ。
訪問はアポを取るのが基本ではあるが、隠れブラック対策として抜き打ち訪問もある。
今までの訪問は最初の一回以外は抜き打ちだったらしく、偶然とはいえ長らく担当官と顔を合わせたことがない刀剣(つまり私)がいるのはよろしくないということで今回は事前に訪問の旨を知らせてきた。
「ということで予定通り明日、担当さんが来ます。鶴丸さんは初の顔合わせなのでよろしくお願いします」
「承知した」
主はよほど担当との相性が悪いのか少し不満げだ。まあ自分のテリトリーに嫌いな人間はなるべく入れたくない心情は分かるが……さて、
「鬼が出るか蛇が出るか…」
という気合で挑んだのだが、翌日。
「お初お目にかかります、鶴丸国永様。審神者号稲葉の担当をしております野菊と申します」
山姥切と待機していたゲート前、約束の5分前に現れたのはカチッとしたスーツに身を包んだ細身の女性。
最初の印象は若い、ということだった。
役人は審神者と違って厳しい試験があると聞いていたから予想外だ。と思いつつ部屋に通せば三つ指ついて開口一番すっっごい丁寧に挨拶された。
えっ話に聞く限りじゃ学歴にモノを言わせた高圧的な人かと思ってたのに。
しかしちょっと引っかかるような__?
私が内心首を傾げていると小夜がお茶を運んできた。
私は顔合わせだけのつもりで、さっさとお暇するつもりだったのに小夜が私の分まで茶をいれるから留まらざるを得なくなった。
小夜もそのまま主のそばへ侍る。
少しだけん?と思った。
野菊は小夜にも丁寧に礼を言って茶に口を付けた。
「それでは業務についてですが、」
そして始められた話で、なぜ担当が仲間たちによくない評価をされているのかが判明することになる。
この本丸の戦績は悪くはない。
その分遠征は控えめだが、本丸は問題なく回っている。
ただスタートが大幅に遅れたせいで同期と比べれば劣っているそうだ。
一部隊揃えるのに一週間、それからこんのすけによる審神者業講習にも時間を取られたから言われても仕方ないだろう。
しかし、どうも言い方が……。
「審神者号稲葉にはいち早く戦場を切り開き、同期と肩を並べることが要求されます。書類の提出も滞っていますが、ここは職場です。学生気分で自宅のようにゆったり過ごされては困りますよ」
主の顔が曇るのに比例して山姥切と小夜の眉が寄せられる。
なるほど、これは私がいて正解だったかも知れん。
パンッと一つ手を叩くと声が途切れて視線が集まる。
「担当殿、今の話で少し気になることがあるから訊ねていいか?」
「なんなりと」
「戦場を進めることに異議はない。練度は多少心許ないが、戦だからな。安全策ばかりでいられないのも理解しよう」
それを促す言葉選びは置いといて。と心の中で付け足す。
「ただ主は先日演練で出会った先達にコツを教わってからは書類仕事も順調に処理出来ているはずだ」
私たち刀剣も手を出せるところは手伝っているし、慣れもあって最初の頃は溜めがちだった書類が山を作ることもなくなっている。
それでも滞っているとは、さすがに就任一年目の新人に求めすぎではないだろうか。
担当は刀剣が手伝っている、というあたりで一瞬眉を寄せたがすぐ私の言葉に答えた。
「いいえ鶴丸国永様。たしかに提出期限は守られていますが、いつも期限日に提出されるのでは困るんですよ」
………ん?
「期限日?」
「はい」
おんやぁ???
「あー、主?つかぬことを聞くが、先週の出陣記録はもう提出したよな?」
「提出日は明日ですよ?」
なんでや!!???とツッコミを入れそうになったところでふと気付く。
「主、書類に書いてある日付は提出日じゃない」
「?」
分かってないね?OKこれは主含めて私たちが全面的に悪いわ。
「担当殿、すまないが少し席を外す」
「あ、はい」
担当もどうやら話がおかしな事になってるのに気付いたようだ。すみません、ちょっとお茶飲んでくつろいでて下さい。
主たちを促して客間を出る。
「一応見張っておいてくれ」
おそらく屋根裏で話を聞いているだろう五虎退に話しかけるとこんこんっと音で返事をされた。
合図二回は了承の意味だ。
そのまま主の執務室へ移動して、適当な書類を掲げて見せた。
私はパソコンはお手の物なので、この時代の機器に慣れてからは書類仕事もバリバリ手伝っていた。
ちなみに当本丸は全員最低限のPCスキルは持つようにしている。たまに白紙を上書き保存するギルティソードもいるけど。あれは悲惨。
さておき、そんな調子なので私も手伝うだけ手伝って提出までは見届けていなかった。油断していた。
まさかこんな初歩的なことが分かっていなかったとは。
人間社会なんぞ知らん刀剣と、社会経験のない主。
それなら仕方ない……では済まされないだろうなぁ。
「いいか?ここに書いてある日付。これはこの日に提出しろって意味じゃなくて、この日までに提出しろって意味なんだ」
「でもちゃんと提出してますよ」
「出せば同じじゃないのか」
「全く違う。例えばだ主、君の実家の中華料理店、その店に閉店ギリギリに集団の来店があった。
どう思う?」
「……ありがとうございます?」
いい子!って違うダメだ言いたいことが伝わらない。
「そうだな……集団は10人だったとしよう。同じ10人来店するので、閉店間際の時間にドッと来るのと、開店から閉店までバラバラに来るの、どちらが助かる?」
「バラバラ、かな」
「それはなぜだ?」
「一度に作れる食事にも限界がありますし、大変で、それに閉店した後にも仕込みとか仕事はありますし」
それだ!!!
「そっか。僕たちが提出する書類がお客で、店側が担当なんだね」
それだよ小夜ちゃん!
多分主はまだ学生気分が抜けてないというか、仕事もずっと実家の手伝いで、他でアルバイトもしたことがないそうだから分からないのかもしれない。
学校でノート提出とか、決められた日にクラス全員がまとめて提出って感じだったと思う。教師によるのかもしれないけどだいたいそう。
そんな感覚でいたんだろう。
言い方はトゲがあるが、担当殿の言い分も間違ってはいなかったんだ。というか、ずっとそんな調子でやられていたのではトゲも出てくる気がする。
だったら丁寧に教えてくれればこちらだって…とも思うが、担当殿も若いし後輩を教育したことがないのかもしれない。
こちらにも非があったとなって青くなる主を落ち着かせる。
多分、まだまだ担当目線で言えば不満や改善点はあるのだろう。
ただ折り合いの悪い担当と主が腹を割って話せるかと言えばいきなりそう上手くはいくまい。
とりあえず主には出せる書類をまとめてもらって、その間に山姥切と私で話を聞く。
すぐに改善できるようならそうするが、無理そうならそこは私が交渉してみるとしよう。