ー 初脇差 骨喰藤四郎 ー
この本丸の鶴丸国永は変わっている。と骨喰は思う。
鶴丸国永という刀は軽妙で酔狂で驚きを求めていろいろやりすぎる事も多いと聞く。
俺には記憶がない。
そう言われた彼は、ならば新しく知る驚きが沢山あるな!と快活に笑いながら骨喰の手を引いていろんな場所に連れて行った。
まだ骨喰も足を踏み入れていなかった本丸の裏山、川辺、屋根裏なんかのいたるところや万屋へ。
図書館はそのうちの一つだが、鶴丸が一番誘うのでよく通った。
本の世界は骨喰の自分の中にもう一つの世界を作り出すかのようで、英知、経験、想い、物語、まるで誰かのカケラがそっと優しく、空白になった記憶に降り積もるようで、
いつしか鶴丸の背を追うように自分から通い出すのにそう時間はかからなかった。
なんでも読んだ。
骨喰藤四郎の無くした記憶に位置する歴史もあった。
それでも何も思い出せない。
鶴丸は、覚えている事と知っている事は別物だからそれでいいと、肩の力を抜けと言って肩を叩いた。
いろんな種類の中でも戦術書がとくに面白いと思う。
分からないことがあればすぐそばで同じように文字を追う鶴丸に話しかけ、それでも分からなければ議論したり、別の本から答えを探したり。有意義な時間だった。
「なぜ俺をここに連れてきた?」
いつしかそう問えば彼はキョトンとした後、静かに笑って骨喰が抱えていた書物を指差した。
「楽しいかい?」
「楽しい…そうだな、そう思う」
「そうか」
鶴丸は、それ以上は語らなかったけれど何となく分かった気がした。
鶴丸国永という刀は平安生まれの古刀ゆえか、思慮と懐の深さを合わせ持つという。
きっとこれも鶴丸国永という刀の持つ一面なのだろうが、やはり
この本丸の鶴丸国永は変わっている。
彼はこうして主や同じ刀剣男士に慈しむような目を向けることがある。
年上の刀が年下を可愛がるような、一期一振が藤四郎兄弟に向けるような、主が刀剣男士に向けるような。
けれどどこか違う。
あの目をむしろ向けられるとそわそわと胸のあたりが落ち着かなくなる。なのに穏やかに暖かい。主に対する忠誠や承認欲求とは違うけど、なんというか、そう、かまって欲しい……のだと、思う。
だから今日も、山姥切にもエグいと評されるような作戦を立案し話してみせるのだ。
「君の発想は素晴らしいが、主にドン引かれるから俺を通してからにしとけ…?」
少し困ったように笑い目を細める彼が、骨喰は一等好きだった。
もしかしたら、一番変わっているのは骨喰の方なのかもしれない。