えーテステス、本日はお日柄もよく____
「へー、“あの"稲葉がレア出したんだ?」
「う、うん、まあね…」
ねぇんだわ。
演練の時間も近付き待合室に入ってみれば明らかにベテランと思わしき風格の男性とごく普通な中年女性。
ガチガチに緊張して短刀に励まされている新人だろう青年。
問題はあとの二人組。
友達同士で申請していたのか仲良さげに話していた。
入室した主を見つけると名前を呼んだので山姥切が知り合いが聞いてみれば、卒業した審神者養成所の同期生だそう。
主も知り合いがいて安心した様子だったし、声をかけられたまではまあ良かった。
最後に入室した私に気づくまではな!!
そして冒頭に戻る。
あからさまな言葉選びはしていないが、空気と主の様子で馬鹿にされているのだと嫌でも分かる。
たしかに主は自己申告通りに養成所での成績も良くはなかった。
しかし顕現、手入れ、刀装作りといった実践成績は良い。
本人曰く、頭より感覚で覚える方が得意らしい。
家電とゲームの説明書は読まないタイプ。
とにかく、ペーパーは弱くても落ちこぼれでは無いはずなのだ。
いや仮に落ちこぼれだとしても馬鹿にされる謂れはない。
しかし元凶たる私が口を挟めばヒートアップすること間違い無し。
山姥切と大和守は刀に手をかけているし短刀達は目が不穏だ。
「何アレ、首落としていい?」
「ダメだ」
「そう言う山姥切の旦那も刀から手ェ離しな。いざってときは俺っちが柄まで…」
と、さすがに冗談だろうがここは向こうの刀剣男士が自分の主を注意するべきなんじゃないのか。
小声で諫めているのは知ってるが、
やや非難めいた視線になった自覚はある。
これでも私だって腸が煮え繰り返っているんだ。
おかしいな。絡まれるのは慣れてるからもう少し冷静に対処できると思ってたのに、主がバカにされるのは我慢ならない。
落ち着け私、冷静に、冷静に……と自己暗示をかけていると少し冷静になったのか視野が広がった。
……あれ、おかしくないか?
奴ら…面倒臭いから審神者AとBでいいか。
Aの部隊は初期刀と思わしき加州清光を筆頭に粟田口の短刀部隊だ。まあそんなもんだろう。
Bの部隊、これがおかしい。
練度の低そうな山姥切国広はおそらく初期刀だろう。
ぱっと見でその山姥切といろいろ釣り合わなすぎるんだ。
燭台切光忠
和泉守兼定
骨喰藤四郎
平野藤四郎
小狐丸
もう一度、言おう。小狐丸!!!!!
なんっでお前いるの!?お前もレア太刀だろ?なんでやっかまれないの?
私か?結局私が悪いのか!?
しかもお前もっと「ぬしさま〜(ハート」みたいな性格だろ。なぜデカイくせに光忠の後ろに隠れてんの?おかげで最初気づかなかったろ!
それだけじゃない。ぱっと見だけじゃ確かなことは分からないが、練度が高く見える。
あとなんて言うかな、それなりの年数顕現した刀特有の落ち着き?オーラ?そんな感じ
山姥切が仲間に対して萎縮してるようにも見える、ような気がする。彼の場合は性格かもしれないけど。
もしかしたら引き継ぎ本丸か?
何らかの原因で審神者のいない本丸を養成所の卒業生に引き継がせる話は聞いている。
優等生があてがわれる確率が高いそうだから成績はいいのか。性格は悪そうだけど。
「山姥切、そろそろ時間だ。強引にでもいいから主を奴らから引き離して来い」
「わかった」
時間もそうだし、こちらの我慢も限界だ。
騒動起こしてもろとも叱られると主に負担がかかる。
先達勢は眉を潜めていて関わりたくないだろうし、残りの新人君に至っては外野なのに女子特有の陰険な攻撃を目にしたせいか涙目だ。知らなくていい世界を知ってしまったね…可哀想なことをしてしまった。
「主、時間だ。行くぞ」
そう言って山姥切が主の腕を引いた時だ。
「まーあ?レア太刀でも鶴丸だしね!性能だって大したことないし転々としてきたってことは一人の主に大切にされたこともないじゃない?」
「「「はぁ???」」」
Bの放った言葉にこの場にいたAとBを除いた全ての審神者と刀剣が言った。
もちろん私だって、
鶴丸としての矜恃がある。大切に抱える歴史が、物語がある。愛情を持って見守ってきた元主の記憶がある。
今こいつは、政府によって生み出された刀剣男士 鶴丸国永だけじゃなく、銘 国永 名物 鶴丸という刀も侮辱にしたな…?
それでなくとももはや鶴丸は“私"にとって一番近しい神様なのだ。
“私"としても“鶴丸国永"の悪口は許せない。
主を馬鹿にされても、せめて私だけは冷静にとギリギリ保っていた理性が、“私"の怒りで崩壊する。
「ふざけるな」
しかしそれを口にしたのは私じゃなかった。
一瞬、誰が言ったのか分からなかった。
誰しもが思っていたことではあった。
もしかしたら自分?とも思ったけど、それは違うとすぐに分かった。
「わ、私の鶴丸は弱くなんてない。ずっと大切にされてきたし、私なんかじゃ、現代にまで伝えてくれた元主さんたちに到底及ばないけど、でも私だって大好きで、だから。
だから、私ならどれだけ馬鹿にしたっていいけど、私の刀を、私の鶴丸を、鶴丸国永様を、馬鹿にするな!」
ああ……嗚呼、なんて事だろう。
この湧き上がる激情を、なんて言い表せばいいのだろう…!
全身に鳥肌が立って自然と口角が上がる。
ずっと大人しく言われるがままだった主が反論したからか、数拍遅れて言われたことを理解した相手が怒鳴り返してきた。
「は、はあ?なにそれ稲葉のくせに私らに勝てると思ってんの!?」
「勝つよ!!」
「よく言った!!!」
ベテラン男性が声を張った。
とつぜん馬鹿でかい男の声に渦中の3人が飛び上がった。
「鶴丸に限らず力を貸して下さっとる神様相手によくまあ言えたもんだ。アンタは見たところ引き継ぎか?養成所でどんだけ優秀だったか知らんが上手くいってるようにゃあ見えんな」
ベテラン、年上、異性、身長も上、恰幅も良い相手からの指摘に一気に大人しくなる。
彼の視線は審神者Bに向けられているが、近くにいる主も萎縮してしまってる。
ハッとする、こりゃいかん。
山姥切がとっさに壁になりはしたが、男性は山姥切より縦にも横にもデカい。いやデカいな!
私よりはほんの少し低いが横幅で負けてる。
なぜ急に出張ってきたんだ、
主にはキツイだろコレ。
庇ってくれてるところ悪いが、主が怯えているのでさっさと連れ出そうとしたら
ちょうどポンっと音を立てて液晶に対戦表が表示された。
全員の意識が液晶に向く。
総当たりなので全部で10試合
初戦は中年女性と新人君。
初戦と分かって緊張でついに吐きそうになってる彼は大丈夫なのか。あ、短刀が速やかに袋を構えた。手慣れてるな。
そして3戦目
主と審神者A
こっちは引継ぎではないから勝てない相手ではないはずだ。
くるりと見回せばみんなの目も殺る気十分。
誤字にあらず。
さあ、大舞台の始まりだ!