「鶴丸さん、私とデートして下さい」
らしくない敬語で緊張気味に少し上ずった声は、ほどほどに賑わっていたはずの朝餉の席に静寂をもたらした。
からんっと誰かの手から箸の落ちる音がする。
私はといえば咀嚼していた卵焼きを喉に詰まらせて思い切り咽せた。驚きはタイミングを考えて与えないと年寄りには危険。身を持って勉強になったね。
サッと鯰尾が差し出してくれた麦茶を流し込んで、じんわり滲んだ視界で朝っぱらから爆弾を投げ込んでくれた見習いを見やる。
着慣れてないだろう和装に身を包み、いつもと雰囲気の違う化粧をした姿はばっちりデート仕様である。断られるなんて微塵も想定していないように見えた。
「けほっ……」
まだ軽く咽せながら声を出せない風を装いどうしたもんかと思案する。
助け舟を期待してちらりと主を見れば目をキラキラさせて完全に恋に恋する女子の顔をしていた。なるほど、あれは泥舟。
さらに向かいには今にもクラウチングスタート決めそうな青江が獅子王に取り押さえられていた。さっきの箸の音は驚いて落としたのでは無く、青江を止めるべくとっさに放り投げてしまった音のようだ。知りたくなかった。
隣で純粋に咽せた私を心配してくれる鯰尾だけが癒し。こんな良い子に育って……と別の意味で視界が滲みそうになる。いや分かってるこれは現実逃避。
ここまで約3秒。
「鶴丸さんは今日は非番ですよね!」
あァるずぅいいいいいい!!!?(巻き舌)
くそっ泥舟が荒波掻き分けて迎えに来やがるッ助け舟は沈没してるのに!
ふと思ったが、主は事と次第によっては私が見習い本丸へ移籍しかねないことに気付いてるよな?……あれ、気付いてない可能性ワンチャン?嘘やん。
でもどうにかしないとと思っていたのも事実なわけで、これは良い機会、なんだろうか。
私の返答を待つ見習いは思いの外真っ直ぐな瞳をしていた。
それを見て私は一つ覚悟を決める。
「……午後から時間を空けよう」
「……ありがとう」
私が何か覚悟を決めた事が伝わったのだろう。見習いもまた、少し緊張を孕んだ固いお礼を返す。
そんな静かな二人とは逆にざわっと周囲の空気が揺らいだ。
骨喰藤四郎は探っている。
「鶴丸さんは甘いもの好きだよ!」
「いますぐレシピを教えなさい!」
骨喰藤四郎は耐えている。
「ファッションにあんまりこだわり無いぽい?ジャージ動きやすいって一期さんに借りてたし」
「白くない鶴丸!?写真は!?」
「無いよ」
「役立たず!!」
骨喰藤四郎は信じている。
「好きなタイプ?世話焼きだし……多分手のかかる子かな」
「は?私望み薄じゃない」
「どこが?」
「は??」
喧嘩腰のようで仲の良い二人の審神者の側でただ耳を傾け思考を止めず、可愛い人の子の恋路を優しく見守る者や面白半分に見物する者、鶴丸を渡す気がサラサラ無い者たちからの奇妙な物を見る視線を右から左へ受け流し、骨喰藤四郎は待っていた。
「よっ骨喰。悪かったな、待っててくれたんだろう?」
だからその刀が当たり前の顔してそう言い現れたことに、骨喰もまた当たり前の顔して頷いたのだ。
「遅い。待ちくたびれた」
そんな悪態とは裏腹に上がる口角は自覚済みだから指摘はするな。
朝食の後、来たる午後までの間にスパイ活動をしてくれていた骨喰を迎えに行ったわたしは、そのまま骨喰に連れられて彼の自室にやって来た。
普段は私の部屋か、執務室の近くにあるこんのすけチョイスの戦術書やら審神者の参考書やらが雑多に詰め込まれた書斎のような部屋であーだこーだ喋っているので何気に新鮮な心地だ。
鯰尾とシェアしてる部屋は私の部屋より広く、けれど二人分の私物でどこかごちゃっとした子供部屋のような印象を受ける。脱ぎっぱなしの内番服とか靴下とかとても男の子らしくて微笑ましいと思うよ。歌仙は怒るだろうし私も自分の部屋でされたら怒るけど、人のプライベートルームにまで口は出さない主義なので。
そんな部屋に通されて戸を閉め、る、前に天井に向かって声をかけた。
「君も来るかい?」
一拍置いて天井板がずれ五虎退が降って来るのをキャッチ。別に五虎退の隠蔽がお粗末だったわけではなく、ただなんとなくいるかな?と思って声をかけるとだいたいいるのが当たり前になってるだけだ。五虎退も慣れている。これでいなかったらちょっと恥ずかしいけども。
「他にも呼ぶか?」
「いや、あまり大事にするのもな」
「鶴にぃさんが見習いさんのお誘いを受けた時点で各所大事になってると思います。一応人払いしておきますね」
そう言って五虎退が天井を見上げながら壁を数回独特なリズムで叩くと、タカタカタカっと小さく軽快な四つ足の音が四方八方に遠ざかる。五虎退は一つ頷いた。
「人払い完了です」
虎くん達に人払いさせてんの?なにそれかっっっけぇええ!!!!
僕だけ何も出来ません……とかしょげてた当初の面影は欠片も無い。この本丸で顕現してから一番化けたのは間違いなく五虎退だろう。
かっこよさと成長具合と頼もしさに震える。五虎退さんと呼ばせてくれ。