ところで少しばかり解説のため、見習いが政府のお偉いさんの子女だという所に話に戻そう。
彼女は親の権利と財力に甘えて__本人的にはそれを武器の一つとして(まあ使えるモノは使っておくべきなので必ずしも間違ってるわけでは無い)__食費だけでなく資源や諸々の運営費も賄ってきたらしい。
これだけ聞けば甘いばかりの親と甘やかされきった娘の完成だが、どうもそう言うことでは無いようだ。
再研修可とはいえなんで審神者資格剥奪に至ったのか、その辺の詳しい事情は見習い本丸の刀剣たちが言葉を濁したからよく知らないが、政府上層部の娘から資格剥奪なんて思い切ったこと、そこらの担当官には出来なかろうことは想像に難くない。うちの担当官なら問答無用でバッサリやるだろうけど、あれは例外。
だったらどうして?と思いきや私たちが借りを作った例の政府運営管理人の彼女いわく、資格剥奪に踏み切ったのは彼女の両親だと言うではないか。
「人としても同僚としても仲間としても尊敬できる人達なのよ?今回のことも娘さんを想ってのことだし、ブラック本丸になる前に気付けたのはご両親がきちんと目を配っていたからだわ」
とのこと。
さて、そんなご両親の娘さんを見習いとして預かることになったわけだが、つまりこれはある意味ピンチであり、大チャンスなわけだ。
主は見習い研修を受けずに審神者になった。
それの何がまずいって、ただでさえ一般の出で平凡な主なのに後ろ盾が無いってことだ。
お兄さんの件だって政府が記憶削除を躊躇せざるを得ないような後ろ盾があればもっと話は簡単だった。
それが分かっていたから主の代わりにせっせと万屋街とかでせめてものコネ作りに勤しんでいたわけだが。ちり積ものつもりが思わぬ大物釣り上げてたけど。
花笠本丸の審神者は主にいろいろ教えてくれはするが、師弟関係と呼べるほどきちんとした指導は受けていない。アドバンスや相談レベルだ。
だから、打算的に見れば今回の見習いちゃんはとても良い。
無事に研修を終えれば主には晴れて「政府上層部の娘の師匠」という肩書きが出来るわけだ。それも審神者資格剥奪の審神者を更正させた、というオマケ付き。
ご両親からの覚えもさぞ良かろう。
反対に言えば、もし失敗しようもんなら名誉挽回も汚名返上も昇進昇格も望めまい。
まさにハイリスクハイリターン。
いやぁ胃がキリキリするね!!!
「だから、な?そう説明したろ長谷部、落ち着こうな?」
「分かっている……が!!」
ミシッと長谷部の手の中で先日買い替えたばかりのペンからしてはいけない音がした。
100人中90人は思い浮かべるであろう典型的「へし切長谷部」の性格をしたうちの長谷部は見習いちゃんが気に食わない。
主を舐めきった態度はもちろん、主の時間をとられていることも、見習いちゃんの刀剣男士が本丸を闊歩することも。
そしてそう思っているのは何も長谷部だけでは無かった。
覚悟はしていたしさせていたつもりだったが、本丸に部外者が入り込むことは相当ストレスを溜め込む。
幸いにも見習い本丸の刀剣男士たちはそれを理解し一日に滞在するのは五振りまでで夜には主と初期刀を残して自分達の本丸に帰るし、勝手な行動はしないし、そもそも自らの主と共に見習いに来ている形なのでそれぞれ誰かしらうちの本丸の男士にくっついて学び取る姿勢を見せているから見習い本人に比べたら好意的に受け入れられてはいるが。
今も隣の審神者部屋からは主の運営方法にチクチクとダメ出しする見習いちゃんの声が聞こえている。
たまに成る程なぁと感心する指摘もあれど言い方がアウト。主との相性が最の悪。
それに人には人のやり方というものがあるのだ。プライドは高くてもそれが分からないほどお馬鹿では無いように思うのだけど、なんで見習いはあそこまで主を目の敵にするのだろうか。
「そのへんどう思う?」
「知らん。ただ随分と貴様にご執心らしいな」
「あー…、だが向こうの本丸にも鶴丸国永はいるはずだぜ?刀帳に記載があったはず」
「穴を掘らない鶴丸国永が良いんじゃないか?」
「掘る掘らないで区別するの辞めないか……」
ぼやく私を長谷部が鼻で笑った。
この野郎。
心の中で悪態を吐いて眉間の皺を揉みほぐしていると、パソコンに一通のメールが届いた。
政府から審神者への一斉通知だ。
「なんだ、また新しい刀剣男士でも実装されるのか?」
「最近新刀実装のスパン短いよな。主のパソコンにも届いてるだろうが、確認しておくか」
ついに俺たちにも刀派が付いたりしてな、なんて刀派なし同士の軽口を叩きながら気軽にメールを開いて。
「____嗚呼、そういうことか」
そして本丸はさらなる混沌へ堕ちていく。