ずっとずっと順調な人生だった。

裕福な家でお金に困ったことはない。
芸能人には遠いが、下手な地下アイドルよりは容姿に恵まれた。
頭の出来だって悪くない。
誰かが苦労して努力して出来たことだってプロには遠いもののさらっと出来てしまう程度に要領も良くて。

霊力があるらしいので審神者とかいう親が関係している仕事に就くことになった。
夢があったわけでもないし、面倒な就活をしなくて済んでラッキー!くらいに思ってた。

審神者養成所も当たり前に順調で。
本丸を持ってからも順調、だったはずなのに。


「貴方には一度審神者資格を手放し、再度研修、見習い、のちに資格の再取得という形で審神者へ戻って頂きます」

だからそれは、人生で初めてにして最大の汚点だった。




しかも、しかもだ。

「ーーーだから、ここで短刀を育てておかないと後々の池田屋がーーー」

目の前で自信なさそうに講義する同い年くらいの女審神者。

見た目は中の中。コミュ力壊滅。霊力平凡。
座学赤点。実技は……まあそこそこだったんじゃないの?

そんな審神者養成所で格下に見てきた、というより歴とした事実で格下の女と再研修とはいえ師弟関係になるなんてほんとありえないしサイッアク!

「あ、あの、聞いてる?」

「聞いてるわよるっさいわね」

「ちょっあるじ、そんな言い方は」

再研修を共に受ける初期刀が慌てて咎めるけど、今更この女から学ぶ座学なんてありはしない。

さっきの短刀育成だって、新しい戦場に池田屋が追加された時点で審神者マニュアルに追記されたことだ。

就任期間 三年
顕現刀剣 三十三口
演練勝率 五十三%
政府評価 B+

事前渡された資料の数字だってそんな代わり映えのしないもので、

なのにどうして、こんな女がアレの主なのよ!

イライラしながらも一度他の本丸で不合格を受けた身からするとどんなに気に食わなくてもここで合格しなければ現世に返される。

親のコネもあって記憶は消されず護衛の一振りくらいは許されるとは思うが、そんなの惨めだ。プライドが許さない。現状がすでに憤死ものだけれども。

この本丸の小夜左文字が物言いたげにこちらをじっと見つめ、初期刀の加州がまた眉を下げてため息を飲み込むのを尻目にふんっと逸らした視線の先、太陽をキラキラ反射させる池の側で白髪と金鎖の羽織が風に揺れていた。










今日も今日とて見習いちゃんの視線が痛ーーーーい!!!

ヒィン私が何をしたって言うんだ。

刺さりまくる視線に内心で嘆きつつ、何を思ったかずおとばみが池に放流してしまったウナギを眺めた。

なんでウナギ?そこはせめてナマズでは??

骨喰同伴とはいえ鯰尾が初めて悪戯らしきことをしたのはそれだけ心の余裕が出来てきていると考えれば嬉しいことだが、いやホントなぜウナギ。

普通に捕獲して食えばいいんだが、ネットで調べればなんと淡水魚感覚で飼えるらしい。
私は観賞用にするにはやはり金魚かコイあたりが良いと思うけど、今までタニシかカエルかゲンゴロウくらいしかいなかった池に初めての魚類ということで某最年少が可愛がり始めているから要検討かな。
勝手に食ったら闇討ちされそう。


髭切は見習いが来てからは主を試すような事もなく、約束通りに大人しくしている。
教育係の青江以外ではほぼ同期の浦島や戦好きのやつらと仲が良いみたいだ。
私と鶯丸のお茶会にも気付いたら自然と参加している。隠蔽値バグってない?ぬらりひょんか?

ちなみに私の偵察がバグってるわけではない。
足音を殺して、今まさに私の背後に迫る刀剣男士の存在には気付いている。

「何か用かい?」

振り向く事なく声をかけると、明らかに動揺の気配。

気付かれていないと思われてたんなら見くびられたもんだがさてと、後ろの正面だーあれ!

「おや、秋田藤四郎」

「こっこんにちは。鶴丸国永様」

振り向けばそこに桃色の綿毛がふんわりと揺れていた。



現在、うちの本丸には正真正銘うちの本丸の刀剣男士とその主。そして見習いちゃんと見習いちゃんの刀剣男士が複数名いる。

見習いちゃんは元は見習いではなく正式な審神者で、しかも主と同期で、さらに言えば紅花本丸と同様に私たちの初演練の相手だった。

そう、私たちに負けたからって演練ほっぽり刀剣男士を置いて帰ったあの問題児である。
懐かしいね。

私たちが加州清光らを担いで走ったあの後、こうして見習いとして再研修させられるほどに立て直せなかったのかと思うと残念ではあるが、そこに責任を感じることはカケラもない。本人たちの問題だ。

まあこうして見習い押し付けられてるわけだから無関係でもないんだけども。

「だから!そこは普通攻めるでしょ!」

「撤退すべきです!」

「そんなだから戦績もパッとしないのよ!」

捲し立てる怒鳴り声と主の張り合う声が執務室の方から響いた。

「またか……」

「すみません……」

「主もほどほどに言い返してるから、君がそこまで恐縮するほどじゃないさ」

見習い受け入れから一週間。

実際に戦績は主よりも上だったらしい見習いと、平凡ながら安定して審神者をやってる主との衝突は絶えない。

最初こそ見習いの圧に終始尻怖みしていた主だが、初日の夕飯が全て手作りだったことにびっくり仰天した彼女の本丸の刀剣男士により見習い本丸の食事がなんと全て出前や既製品だったと判明したからこっちがびっくり。

そして芋づる式に見習いちゃんが料理下手どころかまともに包丁を握ったこともないと露見。最初に料理という習慣が存在しなければそんなもんかと後続も疑問に思わず、結果誰も料理できないしない本丸の誕生だ。

別に料理出来なくても問題ない?まさか!
本丸のエンゲル係数舐めてはいけない。

得手不得手あれどほとんどの男士が料理が出来、自給自足で賄えるものは賄っているうちですら毎月の食費を目にすると震える。ここは動物園だった……?とか最初の頃は思ってた。今?慣れって怖いよね……遠い目。

なんでも見習いは政府のお偉いさんのお子さんだとかで金はある!との主張だが、そもそもゲートが故障や不具合を起こせば外部と連絡も物資の供給も出来ず救助まで本丸内で生き残らねばならないのに、まず大事な食糧がなければ真っ先に倒れるのは人間の審神者である。

料理できるか否かは意外と見落しがちだが重要なんだよなぁ。

そんなわけで急遽見習い研修の内容に追加された主with厨四天王(伽羅、光忠、歌仙、堀川)によるお料理教室。

こうして確実に相手より優れていて、完璧に教える側と教えられる側という立ち位置を見つけた主は言われっぱなしを辞めた。

あまりに酷い料理スキルにツッコミが止まらなかったとも言う。
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