闇の薄れた現世の夜に、銀の閃光が閃いた。

「残りは?」

「短刀二体。僕だけでいける」

「了解。俺はここで守りに徹しよう」

夜に溶けるように獲物を狩りに行った小夜を見届けて、足元に転がった死にかけの遡行軍を踏み砕いた。

「現代に遡行軍が現れるのはごく稀だと聞いてたんだがなぁ」

ついついボヤく。

主の帰省に不穏な陰が差し込みはじめたのは、滞在二日目深夜の事。

戦場で感じ慣れた負の気配に飛び起きた私たちは真っ先に主らの無事を確認しに行った。

その日は何事もなかったが、一応主に報告をし政府にも知らせた所、帰還を推奨された。

そりゃそうだろう。政府にとって最も守るべきは審神者だし、それは刀剣男士にとってもそうだ。

だから、私も小夜も心苦しいながら主にそう進言した。
しかしそれに待ったをかけたのが主だ。

「遡行軍は本当に私を狙って来てるんですか?もし、もし狙いが私じゃなかったら?」

政府軍の戦力を削るのに一番手っ取り早く簡単で効果的なのは審神者を始末すること。

だからこそ、審神者は普段は本丸という現世とは物理的に切り離された安全な場に引きこもっている。

その安全地帯から出た審神者は恰好の獲物だろう。

そして二番目は、“審神者の候補"を始末もしくは攫うこと。

主が懸念しているのはこちらだ。

主のお兄さん、のお嫁さん。
つまり数日後に主の義姉になる人は素質があった。

霊力の量が云々ではなく、
パッと見は人間と遜色ない私たち刀剣男士を一目見て、人間ではないと感覚的に気付ける『審神者』というより『霊能者』の素質が。

「お義姉さんは普通の人だったんです。それが遡行軍に目を付けられたとしたら、私が帰って来たせいだ!」

つまりここで遡行軍へ対抗力を持つ刀剣男士が主と共に帰還すると、お義姉さんは無防備になる。

政府で保護するとしたら現世からは引き離される。結婚を控えた身でありながらそれを受け入れてくれるとは思えない。本人も、お兄さんも。

霊力というのは刀剣男士からすればとても分かりやすい、なんだろ、匂いみたいなものかな。

もちろん実際に匂いがあるわけじゃなくて、目で見えないけど感じるもの、だ。
強弱だったり好き嫌いがある。

それでいうと、お義姉さんの霊力は好ましくはあるが、主が引っかかった審神者の霊力審査にお義姉さんはスルーされてきただけあって決して強い方ではない。

たぶん感性が鋭いだけなのだ。

審神者の中には審神者になれないのに幽霊を見たという現世の人間を嘘つきだと言う人もいるけれど、人ならざる存在に対して敏感か鈍感かに霊力の量はさして関係ない。
審神者にも霊感ならぬ零感はいる。

っていつぞやよく会う本丸の太郎太刀が言ってた。
こういうのは体調や気分の浮き沈みに影響を受けやすいし、お義姉さんも今までそういった存在を身近に感じて生きて来たわけではないそうだ。

「だから主のせいである可能性は低いし、狙いが彼女である可能性も低い」

そう宥めたものの、ぶっちゃけ私は主のせいでないのは本当だけど、遡行軍の狙いがお義姉さんの可能性は高いと思ってる。

初日に不穏な気配だけ残して撤退して行ったのは、お義姉さんを襲撃しようとして予想外の出来事が起こったからではないか?

刀剣男士という、遡行軍への対抗戦力がいたから。

ただまあ、政府で働く審神者ではない霊力者たちは審神者にはなれなかったとはいえ、一度はその適正に引っかかって政府に徴収された者達である。

主もいた教習所で審神者のいろはを学ぶ時、初めて手入れ能力や顕現能力の欠陥に気付き、審神者以外の道を進む。

政府は戦力を欲している。

だがしかし味噌っかすでも良いわけじゃない。
そういう時代もあったかもしれないが、少なくとも今は違う。と、結構前に仲良くなった本丸の歌仙が言ってた。

遡行軍の狙いがお義姉さんだったとして、審神者の適正に引っかからない人間を襲うその理由は?

分からない。

小夜にも相談したが答えは出なかった。

しかし問題は湧いて来る。

審神者の適正に引っかからない人間は政府に保護してもらえるのだろうか?

保護してもらえない場合、主は本丸へ帰ってくれるのだろうか。

いやそもそも、一度目を付けられた審神者の家族がこの先も無事でいられる可能性は…?

それでも私たちはただ、護衛を続けることしかできないのだ。

現世任務五日目。

「しんどい……」

休まらない心身に私たちは確実に疲弊していた。
今は護衛を小夜に任せて部屋で体を休ませてもらっているところだが、深夜の戦闘に加えて守るべき主がそこにいるというのはゴリゴリと精神を削る。

かき氷にされる氷の気分。ゴリゴリゴリゴリ

襲撃を報告した政府からは帰還を推奨された以外の音沙汰は無く、反対に本丸からはぴっこんぴっこんメッセージが届く。

刀剣男士にとって一番に優先されるのは主であり、その血縁でもない人間のことは二の次三の次。

なぜ主は帰還しないのか。させないのかと。

だってさー!私だって帰ろ?って言ったよぉ。聞かないんだもん!!

家族が心配な気持ちは分かるけど、護衛が二振りしかいない現状を維持したところでジリ貧だよ。

張り詰めた精神のせいでロクに寝れやしない。

壁にかかった日めくりカレンダーの進みが遅く感じる。

それでも時は進むし日は登る。
期日まであと二日。



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