天衣無縫の妖は

晩酌してたら契約しました

いやはやこれはどうしたことでしょう?

わたくし、先ほどまで月を見ながら優雅に月見酒なんて洒落込んでいたものですが、いつの間にかグルグルす巻きにされて転がされております。なにゆえ?

キョトンと月を背景に佇む、何とも夜の似合うお方を見上げます。お顔の半分を隠していらっしゃいますが、何やらとても強い力をお持ちのようで、そこらの妖よりは強いと自負するわたくしですら少々緊張ものです。

「私の屋敷で妖が月見酒とは、」

あらまあ何たることでしょう。とても良い感じの木犀を見つけてよじ登ってしまいましたが、ここは彼の縄張りだったようで。

ひとり旅歴の長いわたくしです。縄張りを持たないゆえに人の縄張りには気を遣っていたつもりでしたが、今日は事前に程よくお酒が入ってしまっていたためにうっかりしてしまいました。なんたる失態。
ここはしっかり謝罪しましょう。そうと決まれば正座して……って現在す巻きでした。これ解いてもらえたりしないでしょうか?

それにしても縄ではなく紙切れでグルグルされているのにとても丈夫ですね?実はちょっぴり力を入れて見たりしてるのですが、破れる兆しが見えません。あら?よく見たら何やらビッシリと文字が…これって、

「祓われに来たのですか?」

は、は、祓う!?
なんと!やはりこれは人が妖を祓う時に使う術ですね!初めて見ました。

いやいやそんなこと言ってる場合ではございません。彼は縄張りの主かと思えばなんと祓い屋さんだというではありませんか。わたくしほろ酔い状態でなんて場所に来てしまったのでしょう。あぁ、いつの間にかこの世に生まれて百数年。根無し草のように旅を続けて参りましたが、近年ほかの妖から話を聞くに都会には
体に龍を封印する者
呪いを刻む者
真っ赤な鋭い爪を持つ者
大きな声を立てて毒ガスを撒き散らす化け物
などなど聞くだけで恐ろしい者が跋扈しているようなので、人里を避けに避けて居たのが仇となりました。まさか妖と人の見分けすらあやふやになってしまうとは。

「まあいいでしょう。何にせよ、祓い屋の本拠地に侵入とは間抜けな妖怪がいたものです」

反論の余地もございませんって、あらあら?何だか急に息苦しく……!
ちょっ、ぎゅうぎゅうと締め付けが強くなってます。祓い屋さんがブツブツと聞きなれない言葉を唱えておりますが、それが原因ですね!?ふふん、それくらいわたくしにも分かるのですよ。……って、それどころじゃございません。
確かにわたくしが悪うございましたが、ここであっさり消されてしまう訳にはいきません!旧友復活の噂を聞きつけ遥々来たのです。あと二つほど山を超えるだけだと言うのに目的達成を目前に消滅などありえません!うぎぎぎぎ

バンッ!

あら、頑張ったら拘束を破ることが出来ました。祓い屋さんは些か驚いたお顔をしてらっしゃいますがこの隙に逃げるといたしましょう。
それではさらばでございます!
ゴンッ!
痛ぁ!?な、な、何事でございましょう!?
来た時と同じく木に登って塀の外へ飛び降りようとしたら空中に壁がございました。ペタと触って見ましたが、何も見えません。しかし確かにあるのです。あら、あら?これは入る分には構いませんが、逃しはしませんよという悪質な罠でございましょうか。

「拘束の術を解くとは、どうやら見かけによらず強い力を持っているようだ」

あらお褒めに預かりました。ありがとうございます。しかし見かけによらずとは酷いですね。こんなにも筋肉が……ついてはいないのですが。こんなにも威厳ある顔立ちを……お面で隠してはいるのですが。でも、ほら、こう、空気とかでですね!強そうに…見えませんか?

「どうです?ちょうど使い勝手の良い式が欲しいと思ってしました。私のものになると言うのなら祓わないで置いてさしあげますよ」

ほうほう成る程。つまりならないのなら祓っちゃいますよ、と。でもでもわたくしは根無し草。この生活を気に入ってはおりますし、何より旧友に会うという目的が式になっては達成できそうにございません。それは御免にございます。結構頑固なのですよ、わたくし。しかし目の前の見えない壁を突破することはとても難しそうで、このままでは消されてしまいます。むむむぅ悩みどころですね。

「……」
「賢い判断です」

無言のままよじよじと塀から下りて祓い屋さんにぺこりと頭を下げるとそんな事を言われました。フフと笑みをたたえてらっしゃるこの方。

今日からわたくしの主となりました。


[ 1/3 ]

[*prev] [next#]



×