覚えてないのは仕方ない。でも、

「ちょっとは、期待してしまっていたんだよ」

とある日の昼下がり。政府施設内にある食堂の片隅で山姥切長義はその端正な顔をテーブルに突っ伏しきのこを生やしていた。

時間的に昼しかやらない食堂の機能は停止しており、厨房のおばちゃんも帰宅しているので利用客なんてこの場にいる山姥切と、そして彼に引きずってこられた南泉一文字くらいである。

人目があればどんな状況だろうと取り繕うプライドチョモランマ刀剣ではあるが、その人目が腐れ縁の友刃のものしかないとなれば今更気にするほどの仲ではない。

ジメジメと、お前は写しの方の山姥切かとツッコみたくなる南泉であったが辛うじて言葉を飲み込んだ。そんなこと言えば秒で的確に顔面を狙った拳が飛んでくるのは目に見えていたので。

ただ無理やり連れてこられた身からすればちょっとくらい文句を言っても許されるはずだ。

つい数ヶ月前に行方不明からテンション爆上げで帰還した昔馴染み。
帰還後、メンテナンスで異常なしの診断を受けてから彼はとりあえず今までと何も変わらずに過ごし始めた。

相変わらず審神者界隈では山姥切論争が続いている状況ではあるが、政府の方でもさまざまな対策が取られたりと分霊の扱いは良くなってきている。駄目な審神者が一通り狩り尽くされたとも言うが。

というか、帰還した本霊が何かしらんがパワーアップして帰ってきたのでまた穢れるような事にはならないだろう。


そんな山姥切であるが、数日前にふらっと遊びに行った怪異対策部で伝え聞いた話にやたらと興味を示していたのは知っている。
それから何やらいろいろと調べていたようだったし。

「んで、結局なにがあったんだよ」

ちなみにこの南泉一文字はたまにポロリするときはあるが猫の呪い成分少なめである。あの分霊たちの「にゃ」は呪いを抑え込めるだけの力が分霊に無いというだけの話なのだが、そんなこと考えもしなかった分霊たちは顕現した時に感じた呪いに動揺してうっかり名乗り忘れている。
最近では昔馴染みの山姥切を助ける南泉の姿もあり、審神者界隈ではわざと名乗ってない説とか実は腹黒刀剣説だとか、迷推理がネットで飛び交ってるらしいが真相なんてこんなものだ。

さておき山姥切である。

実は本霊が間違えて配属された本丸はすでに解体され審神者が裁かれていたので、本刃がピンピンしてることもあり行方不明中に何があったのか深く聞いてないのだ。

初恋宣言とかあったけど、あれ以降は落ち着いていたので特に気にしていなかったのだが、どうもこのジメジメきのこ状態には関係あるっぽいのでちょっと、いやかなり面倒くさい気配はするけど聞いてみた。

どうせここに連れてきた時点で愚痴られるのは分かってるので。

「俺が審神者に顕現された時、俺は俺が本霊だってことを忘れていたんだ」

「はあ!?」

「うるさいよ」

静かに聞けって方が無理だろう!
本霊であることを忘れるなんぞ、その特権を手放すことに等しい。つまりスペックは分霊レベルになるし、記憶だって大まかにインプットされている来歴のみになる。なにより自らが自らを「山姥切長義」であると定義しているので、本霊ならば複数の名があるために緩和されていた「山姥切」を否定されるダメージをダイレクトに受け取ることになる。

まあどうりで審神者に良いようにされていたわけだが。

そうだよなぁ。人間愛天元突破してる山姥切といえど、主従で縛られる分霊ほど審神者には甘くない。もし本霊の意識のまま顕現されていたならば、その価値を認めず蔵入りを命じた時点で審神者の胴と首はさよならしていたことだろう。もしくは審神者を丸め込んで政府に堂々と出戻りしてるだろ。

ある意味納得できるか……と辛うじて落ち着きを取り戻す。

「それでまあ……いろいろあったわけだけどそれは省略して」

「略すのかよ。いや想像出来っけど」

「うん、とにかく俺は存在否定を繰り返されてボロボロだったんだよ。そして単騎出陣をさせられて……まあようは捨てられたんだけどね」

そうして捨てられた先で、山姥切は運命の出会いをするのだ。
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