03

夏の湿気を含む蒸し暑さとは違った、ねっとりとした風が身体にまとわりついて眉をひそめた。家を出てしばらくはセミも盛んに鳴いていたはずなのに、前方に見える真っ赤な鳥居に近づくにつれてなりを潜め始めたそれにいよいよただ事ではないと悟る。心なしか足元を短足で歩く用心棒の瞳が剣呑な輝きを帯び始めた。


彼、夏目が九十九神社へ出向くのは2回目である。あの悪夢を見た日、友人達が夏の予定に花を咲かせ、遊びに誘ってくれている声に応えながら夏目の目は小さな妖怪たちを捉えていた。別に妖怪自体は不本意ながら見慣れてしまった。いつもならすぐに視線を外してしまうのだが、妙に気になったのはその数の多さだ。まるで蟻の巣が壊されたようにわらわらと慌ただしく、大急ぎで引越しでもするように小荷物を抱えている。そのうち、とある一行の会話が耳に入った。

「やあやあ大変だ!はやく逃げなくては」
「やあやあその通り!かの方がお戻りになった」
「やあやあだがしかし!九十九の巫女が喰われてしまうとは」

飛び込んできた最後の言葉。〈九十九の巫女〉とは。喰われた、とは。夏目の脳裏には一人の女生徒が浮かんでいた。

「なあちょっと聞かせてくれないか !」

友人と別れたタイミングでその一行に声をかけるとさあ大変だ。

「やあやあ!見えておるぞ人の子だ」「やあやあ!夏目レイコじゃないか?」「やあやあ名前はとらないで!」

やあやあやあやあ!ひとしきり騒ぐ合間に合間になんとか質問を挟んでいけば、なんと彼らは九十九神社に住みついていた妖で、そこから逃げてきたらしきことが分かった。やあやあやあ!逃げる原因の脅威がなんなのか聞き取ることは出来なかったが何らかの事件があったようだ。友人、というよりやはり同校の先輩という認識が強いが、自分と同じ世界を見ることが出来る年の近い人だ。交流を持つうちに助けてもらったことや助言してもらったことだって一度や二度ではない。用心棒が用心棒(笑)なこともあり、気にかけてもらっていた自覚だってある。その先輩の危機だ。いつの間にか側にいた先生は手遅れだなんだと苦言をこぼしているけれど、そんなこと確かめもせずに諦められる性格は生憎としていなかった。


そうしてやって来た神社は、遠目に見ても異様の一言に尽きる。恐らく何も見えない人間には何も変わりないように見えているのだろうけれど、見える夏目からしてみれば、鳥居の向こうは別世界だった。
まず暗い。時間は八つ時、日はまだ高いにも関わらず。
そして生命の気配がしない。1度目に来た時に驚くほどいた妖怪たちはみな出て行ってしまったのか。驚きはしたが、夏目は存外あの雰囲気が嫌いではなかったのに。

さて、来てはみたが鳥居の前にて夏目の足は止まってしまった。本当にこの先へ進んでいいのか?先生に聞けば「帰れ」の一言だろう。脳内でスルメ片手に帰宅コールする先生を頭を振って追い払う。いざ!

ぐっと重力を感じる足を一歩、鳥居の先へ運ぼうと持ち上げた時、トントン軽く肩を叩かれ振り向いた先の思わぬ光景に驚くことになる。

肌にヤモリの痣を持ち、伊達眼鏡をかけた俳優兼祓い人で友人の名取周一
黒髪長髪、眼帯に番傘と相変わらず怪しげな格好をした祓い屋一門の当主 的場静司

その二人が並んで立っていたのだ。今まで対峙する姿こそ見て来たが、並んだ姿は初めて見た。名取さんの方がほんの少しだけ背が高いんだなぁとやや場違いな感想を抱いてしまう程度には衝撃だった。しかもいつもどこか不敵な笑みを浮かべていた的場が不機嫌そうで、的場が関われば険しい表情をする名取が笑っている。

「来たか」

何でここにいるんですか、そう問いかけようとしてまたしても背後を取られる形に驚いて振り向くと、いたのは黒髪の青年。彼はこの神社の狛犬が化けた姿だったはずだが、随分とやつれて目の下にクマを飼っていた。
彼は3人と先生を順繰りと見回すと豪華なメンツだな…と呟いて頭を下げた。

「どうか、助けて欲しい」

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