02

来る______!
ねっとり粘り着くような空気が揺れた。詩織は咄嗟に印を結ぶが足も、舌も、目線さえ動かすことが出来ない。むしろ腕を動かせたのが奇跡のようだ。
心の臓が駆ける。吐く息が白い。汗が流れて一つ落ちた。
目を凝らす。耳をすます。極度の緊張に感覚が麻痺を起こす。

数時間、いや数分だったのかもしれない。焦らすように濃くなるばかりの気配に一向に見えぬ姿形は確実に詩織の精神を削り追い詰めた。相変わらずキィキィと小さな音を立てる封印の解けた扉は風がないのに止まる気配が無い。
神なのだ。ここにいるのは堕ちたとはいえ神と呼ばれた存在なのだ。詩織はまだ短い人生でこれほどまでの大物に相対したことなどない。から回る頭の中で“死”という文字だけがやけにはっきりとしている。

ふと、わずかばかりあった月明かりが消えた。

(アカツキだ…)

それは絶望。夜明け前が一番暗い。一番、妖者の力が強くなる頃。
回り始めた脳が分かりきった結論をはじき出す。無理だ、と。ここで堕ち神を相手取るのが役目だと理解している。けれど、伝承にある話はまだ一族の力が豊潤な頃の話。そして一族が祓う力も封じる力も有していた頃の話だ。打つ手がない。まるでこの時を待っていたかのように、否、実際に待っていたのだろう神は詩織へ牙を剥いた。初めて目に写した姿はとても神とは呼べるものではなかった。

殺られる……!

なす術なく、ただそれだけを思うことしか出来なかった彼女を、いったい誰が笑えるだろう。


刹那、辺り一面を影が喰らい尽くした。

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