05

格が違う。
それをこうもまざまざと突き付けられたのは初めてだった。
時が止まる、世界が止まる。
風も虫も鳥も声を潜めて殺して沈黙する。
何を差し出すかと問うた、この神の呼吸さえも邪魔せぬように。
そう、神なのだ、紛れもなく。
そうだと感じる。本能がそれを神だと訴える。
神がいたなら世界から戦争は消える。 飢餓が無くなる、誰も泣かなくなる。
なんて、誰が言い始めたのだろう。 そんな事、神を知らないから言えるのだ。例え神がいたって人の願いは叶えない。世界は平和になんてならない。
だって神にだって感情はある。
朝、テレビニュースで何処かの誰かが事故にあったって殺されたって、「へえ、そうなんだ」「気をつけよ」で終わってしまう多くの人間と同じ。 そこに自分の愛しい人大切な人がいなければ、関わらなければそれは画面の向こうの出来事で、自分にとっては遠く、どうでも良いに等しい事柄。利のない事に力は尽くさない。
目前に妖怪、背後に神、腕の中に愛しい人。
この状況でそんな事を考えた。

「随分と懐かしい客だ」
「な、つかし…?」

首を回して見れば、そこにある石たちは石の社で的場が詩織を庇って叩きつけられた時に破壊してしまったらしい。
その拍子に起こしてしまったのか。
少し眠っていたという神は一歩、また一歩と近付いた。

「去れ、身の程を知らぬ者よ。この人間らは私の獲物だ」

カッとあたりが光った。眩しさに目を瞑ると断末魔の叫び声がねっとりと耳の奥に絡みつく。
「さて、」
光がやんだ頃、そう言って名も知らぬ神は詩織の前へ回り込みゆるりと口角を上げた。

初めてしっかりと見たその姿は成人男性の二倍近くある長身に長い髪を揺らして美しかった。
膝を折る事なく、腰を曲げての顔を覗き込むと、その髪がはらはらと落ちてベールのように二人を覆い、外界から遮断された聖域を作り出す。
あぁ、自分はここを知っている。この空間が作る優しさを、安心感を知っている。 母胎に漂う赤子が感じる安心に似ていると思う。
不思議だ。この神は強く恐ろしく感じるのに、その作り出す空間は優しいだなんて。

「さあ助けてやったぞ、何を差し出す」
「何を……」
「命を助けた。ならばそれに見合うものを」

命に見合うもの、そんなの、命しか無いじゃないか。

「そうだろうか?お前には大切なものがあるとみえるが」

咄嗟に、無意識に、腕の中の人を抱きしめた。ダメ、この人は絶対にダメ。

「ああ確かに。それでは重すぎる」

命よりも大切ならば釣り合わない。
神はふむ、と数秒だけ考え込むと長い指を詩織の頬に滑らせた。恐ろしさに身がすくむ。
頬長い指は頬をなぞり、目尻を撫で、その眼球に翳した。

「お前の世界を貰おう」

[ 55/68 ]

[*prev] [next#]






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -