「はい。それではまた、機会があれば」
人受けする笑みを浮かべ、名取は一人の祓い人に会釈した。 一時、廃れた一族のクセにと遠巻きに悪態を突かれていたが、それももう大分治まり情報収集にも支障は無い。
人混みに揉まれて凝った肩を回していると、向こうから会話が聞こえて来た。
曰く、的場が来ている、と。
ならば彼女も来ている可能性が高い。
名取は祓い人から嫌われる一人の少女を思い浮かべた。 嫌われるといっても、名取は嫌いじゃない。むしろ可愛い妹のように思う。ある種の人間だけが踏み入る事を許されるこの世界に足を踏み入れた頃に出来た関係の中でも良好だと言える。それは彼女自身の人柄のおかげでもあるし、彼女のもたらす利のおかげでもあった。
彼女を遠巻きにする者たちは知らない。
妖と深く繋がる彼女だからこそ得られる情報の価値を。

「久しぶり名取ー」
「!久しぶり詩織」

ぽんっと叩かれた背に振り向けば、やはりいた。思い浮かべていた人物が。

「あれ、一人?」
「静司は七瀬さんに捕まったから逃げてきた」

ああ、そう言えば詩織は七瀬さんが苦手だったな、と思い出す。 別に嫌いではなくただ苦手、らしい。

「今日情報収集?」
「ああ。詩織はこんな所に来ていいのかい?受験生だろう」
「成績は良いんで問題無し。それに田舎じゃ学力で選べるほど高校は多くないんだよ。静司はいっそ遠くの高校行って別邸に住んで良いって言うけど」

仲の良さは相変わらずのようである。 正反対のやり方と考え方を持っているにも関わらず、何故ああも良好な関係が築けるのかは永遠の謎である。が、流石に住み込みは 父が許さない。ついでに神使たちも許さない。

「それより掲示板は見た?」
「いやこれから。行こうか」
しかしここは呪術師たちの会合会場。

「異端の子供」「前当主は妖に」「的場もよく受け入れて…」

人混みに混じれば否が応でも聞こえる誹謗中傷。妖祓いの中に妖贔屓がいては当然だ。すでに詩織は慣れた。慣れた、が、やはり気持ちの良いものではなく。
隣を歩く名取の背に気付かれないようにそっと隠れた。
勿論気付かれてないと思ってるのは彼女だけで。

「……全く。よく言葉がつきない」

名取はため息混じりに呟いた。
もともと風当たりの強かった一族ではあるらしいけれど、それは詩織の母が他界してから強まった。 原因不明の突然死は妖の仕業としか考えられず、最初に見つけたという詩織もあまりその時のことを語ろうとはしない。
もちろん無理に聞き出すこともしないが、常々心配になることは確かだ。
それでも妖贔屓を続けるのには理由があるのか単純に好きなのか。 しゅるりと体中を歩き回る痣を持った名取には理解できないことだろう。
などと思考を巡らせていると詩織が側にいない事に気付いた。いつの間に逸れたのだろう?確かに人は多いが小さい子供でもあるまいし、ふらふら1人で離れるとも考えにくい。
名取は歩いて来た道に目を戻すと、いた。 立ち止まって何かを凝視している。 その視線を辿れば立ち話をしている祓い人たち。
詩織へと近づいた名取は聞こえてきた言葉にかけようとした声を飲み込んだ。

「静司くんが当主になるらしい」

ハッとした。 見れば詩織は眉間に皺を寄せている。きっと本人からは何も聞かされていなかったのだろう。名取だって初耳だ。

「才能もある」「的場一門は安泰だ」「可哀想に」「まだ若い」

老若男女はそれぞれの言葉を漏らす。
だが一門の安定よりも詩織が気にするのは彼らの後半の言葉だろう。

「的場一門の当主になる」ということは、右目を狙われる日々の始まりを意味する。
的場を想い慕う詩織が何も思わぬはずはないのだ。
分かっていた。的場に才能があることも、いずれ当主になるだろうことも。 だからこそより強い血を求めて許婚という関係が結ばれたのだから。

「名取は知ってたの」
「いや何も」

何度か現当主の右目を狙う妖は見たことがあった。でもそいつは、妖贔屓の詩織から見てもとても悍ましく。

「嫌、だな。当主なんて、ならなければいいのに」

仕方ないと分かっていても溢れてしまう本音。一門の人間でないからこそ言える無責任な発言だ。

「名取、やっぱり掲示板は一人で見に行って」

どこへ行く?なんて、聞く必要はない。分かりきったことだ。 名取はただ頷いて、優しく彼女の背中を見送った。
さて、と掲示板へ足を向け直した時に聞こえた誰かの、

「あの若造風情が」

恨みがましい声が妙に耳に残った。

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