そしてそれは刹那の出来事。
頭より先に体が動いた詩織は、180度回転するとその勢いを殺さず、まさに脱兎のごとく背を向けて走り出そうと……したが、計算外のことが一つ。

「何々このお兄さんお知り合い!?」

そう、彼女だ。
掴まれたままの手で逃げられるはずも無く、ガクンと仰け反る詩織はそれでも必死にその手を振りほどこうともがいた。 だがイケメンを前に祭りのテンションも上乗せされてミーハーモード全開になった彼女は無敵だ。 神楽で鍛えた足腰も赤子同然。ビクともしない。

「離せバカ!!」
「お兄さん、あたし詩織ちゃんの親友やってます 旭奈(あさひな)です!」
「何勝手に名乗って…!」

おや、そうでしたか。なんて言ってはいるが、どうせ詩織の近辺、友人関係などとうに洗っていたのであろう彼は彼女のテンションに引くことなくさらりと返す。

「ご丁寧にどうも、私は的場静司、詩織の……幼馴染み、でしょうか」

"今は"
クスリと笑ってそう小さく呟いた言葉を詩織の耳はしっかり拾った。 拾ってしまった。
ゾクリと背筋が震え、鼓動が速まる。
離せと暴れる力を強くした詩織を他所にどうやら二人の会話は進んでいく。

「というわけなので、久しぶりに会った幼馴染み……申し訳ありませんが借りても?」
「もっ!もももも勿論ッス!」

例え長髪眼帯着物姿という、普通にそこらを歩いていれば目を引く怪しさも、祭りの提灯などの雰囲気と調和して"妖しさ"へと変わる。
そんな妖しさに気圧された彼女は口調すら変わって快く承諾。

「覚えてろアサヒーーー!」

ドンドドンッ!
的場に捕縛された詩織の叫び声は太鼓の音に飲み込まれて消えた。

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