08

詩織の家は神社の境内の片隅にあった。それだけなら寺の息子を友人に持つ夏目なら驚かなかったろうが……。
玄関に通された時「いらっしゃい」と壁のシミが喋った。 生けてある花が歌を歌い、廊下を行きかう全ての存在が妖怪だった。 それらはすれ違うたびに一言二言詩織と親しげに言葉を交わす。
そして詩織の部屋に通されとどめとばかりに出された茶の湯呑みから手足が生え、キョロリとした目と目が合えば、夏目も先生もとうとう声を上げた。

「なんなんだこの家は!?」
「我が家だ」

けろり。
何でもないといった体(てい)で言う詩織。いや、実際彼女にとってはコレが当たり前、日常の風景なのだ。

「二郎さん、今は客の湯呑みなんだ。大人しく物になっていて下さい」

すると湯呑みは手足を引っ込め、目も消えて一見普通の湯呑みに戻った。

「二郎さん…って?」
「その湯呑みの名前だ。ちなみにコレが一郎さん」

詩織が自分の湯呑みを軽く叩くと、中の茶に波紋が生まれた。と思えば二郎と同じように手足と目が出てきて茶が零れぬように軽くお辞儀をして見せた。
動物園なみに揃う多様な妖怪を前にもはや顔を引きつらせるしかできない。

「先生…コレも妖怪なのか?」
「付喪神か」
「そう。この家には妖怪だけでなくその類もたくさんいるぞ。湯呑みの付喪神だけでも八郎までいる」

付喪神(つくもがみ)とは長い年月…主に100年を経て古くなった物に神や霊魂の宿ったものとされている。

「こんなにも異形がいるとは…祓い屋の家とは思えんな」
「九十九(つくも)神社だからな。その名の通り、九十九(たくさん)の異形がいるのさ」

祓い屋としては異様だが、犬飼一族としてはこれ以上ないほどらしい家だろう。 妖に害のある結界やら封印やらの術は何もない。
一郎さん…と呼ばれた湯呑みに普通に口をつけて茶を飲んだ。

「で、何から話そうか」
「え?」
「え?じゃない。ここにただ遊びに来たわけではないだろう、夏目の少年」

ハッとする夏目。 妖怪やら付喪神やらに気を取られて本題を忘れるところだった。

「小娘、問題の妖についてはどこまで分かっている?」
「町外れの工事が原因で封印を解かれてしまったらしい。ただ目的なく暴れまわる、困ったちゃんさ」
(困ったちゃんて……)
「人間の精神、動植物を踏み荒らしていた、が妖怪を襲ったという話は初めて聞いた」
「それって…」
「エスカレートしているな」

その通り、と詩織は肩をすくめた。

[ 23/68 ]

[*prev] [next#]






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -