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桶の中で、打ち水の残りがちゃぷちゃぷと音を立てる。
いつものように店の周りに水を撒いて、裏口に戻る。
秋の空は少し低くて、夏の名残がある草木は緑と赤が混ざっている。
一陣の風が吹いて、私を優しく撫でて行った。
勝手口の取っ手に手をかけたところで、何となく後ろを振り返る。
いつもの裏通りの風景があるだけだ。
もう、周りを確かめずに残り水を撒くなんて事はしないようにしている。
----そんな出会いは、一度でいい。
----空を仰ぐ。
どこにいるかも、何をしているのかも、また会えるのかも、まるで判らない。
でも、この空の下のどこかに、あの人もいる。
淡い淡い、恋だった。
けれど、この空がどこまでも繋がっているように、あの人とも、心の何処かで繋がったような気がしてならない。
もう会う事はないかもしれない。
それはあの人もわかっている事で。
けれど、それでも、また出会う時まで変わる事なくあり続けろと、"いつか"の約束をくれた。
今思えば、朝焼けに白んで消える月みたいだ。
泡沫のような出会いと、泡沫のような恋。
でも、泡沫ではない。
それらは私と彼との間に確かに存在した。
その証の為に。
---私の思いと一緒に、その手布はあなたに預けておきますね。
だって、例え今見えなくても、月はそこにあり続けているんだから。
fin.
【20090918】
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