「晋助さま、あたしの気持ちわかります?」

さくらがむっとして問うと、高杉は、苛立たしげに眉間に皺を寄せ、彼女から視線を離して窓へ顔を向けてしまった。

取り合う気がさらさらないのだとわかる。

彼女がどんなに楽しみにしていたとしても、高杉にとってはたいした事ではないのだ。

それがまたどうしようもなく苛々する。

話ぐらい聴いてくれれば良いものを。

高杉の態度や言葉ひとつで慰められる事だってあるというのに。


立腹収まらず、さくらはもう一度高杉の名前を呼ぼうとして息を吸った。

「晋、」
「…小せェ事でガタガタうるせェ。ガキかテメェは。」

高杉の鋭い隻眼がギロリとさくらを睨み据え、彼の右手が彼女の顎から両頬を掴んだ。

一瞬、身がすくんだ。

「っ、」

次の瞬間には、まるで噛み付くような高杉の口付け。

黙ってろ、とでもいうように。

「…っ、晋っ、」

高杉のもう片方の手が、さくらの腰を押さえ付けるように抱き寄せる。

彼女は身じろぐが、高杉の力にかなわない。

彼の舌が、キスの荒さとはまるで正反対に優しく、彼女の唇を割って求めて来る。

体から力が抜ける。

悔しいが、彼のキスの気持ち良さにはなかなか勝てない。



---だが。

こんなもので怒りは収められない。

どうしようもなく怒っているこの時に、快楽に流されてなるものか。

「----い、やっ!」

さくらは、渾身の力で、高杉の胸を押し返した。


はぁ、と息を吐いて、彼を見れば--。

相変わらずの無表情で、だが、いつもはそこまで抵抗しないさくらの態度に僅かに驚いたのが見て取れた。

その隻眼の碧が、沈んで見えた。


そこで、さくらははっとする。

一方的な怒りに任せて、いささか出過ぎた態度だったかもしれない--。

慌ててフォローしようと手を延ばす。

「、し、晋助さ」
「触るな。」


彼から発せられたのは、拒絶の言葉。

その碧の隻眼は何の光も映さない。

ただ冷たくさくらを見下げていた。


(…傷つけた…。)


さくらは、途端に後悔する。

だが、もう遅い。


高杉は傍に置いていた煙管を手にして立ち上がると、彼女の前を通り過ぎ、部屋を出て行ってしまった。


「晋助、さま、」


高杉に対して憤っていたわけではないのに。

彼と、なんのとらわれも障害もない普通の恋人同士のように、夏祭りへ行きたかった。

それがかなわなかった事が、さくらを苛つかせ、彼女の期待とは真逆の高杉の平然とした態度が悲しくて、その八つ当たりのはけ口を彼にしてしまっていたのだ。



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