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【10.告白】
夏休み。
2週間の補習授業が始まる。
冷房のきいたバスの窓から前方を眺めれば、真夏の太陽にじりじりと焼かれた道路にぼんやりと陽炎が見えた。
バスから降りる時の熱気を思うとげんなりするけど、夏はそれほど嫌いじゃなかった。
空の突き抜けるような青と、真っ白な雲と、木々の緑と、水の流れる音。
それは夏が一番鮮やかに感じる。
日々鬱々と生きて来たあたしだが、夏は何か楽しいことがあるんじゃないかって、そんな気持ちにさせられる。
ただ、実際楽しいことがあった試しはない。
というより、そもそも『楽しいこと』の定義なんてなくて、それは自分の心が決めるもの。
今年は去年よりも楽しいと思える夏にする。
夏が終わったら、今年は去年より充実して過ごしたと振り返ろう。
この気持ちが大事なのだと思う。
夏期補習授業、第一日目。
授業の始まる時間まで国語準備室で時間を潰した。
冷房のない室内は相変わらず暑かった。
出勤すると言っていた銀八先生の姿はなく、あたしが訪れた時は窓も閉められていたから、室内は蒸し風呂状態。
窓を開けて室内の風通しをよくし、下敷きで扇ぎながら授業の予習をした。
暑さはそれほど気にしないけど、予鈴が鳴っても銀八先生が出勤して来ないことが気になった。
一時間目は全学年合同オリエンテーション。
担当の先生が補習の心構えなどを説くのだけど、その担当が今回は銀八先生だった。
しかし、本鈴が鳴って生徒が教室に集まっても、銀八先生は一向に現れなかった。
いよいよ生徒もざわつき始める。
友人同士で会話をし出す者、立ち上がって教室を歩き回る者、ひとり教科書を開き自習を始める者、机に突っ伏して寝てしまう者、みな思い思いの行動を取り始める。
話す友人がいないあたしは、なんとなく周囲を見回してみる。
が、やはり見知った顔はなく、ひとり小さくため息をついた。
(先生、どうしたのかな…。)
教室がガヤガヤと騒がしさを増す中---
ガラリと入り口の扉が開け放たれた。
一瞬喧騒がぴたりと止み、生徒の視線が扉に集中する。
姿を現したのは、一人の男性教師。
一部の女子生徒から、「きゃーっ」という黄色い歓声が上がった。
教師は無言で教卓の前まで進み、生徒に向き直った。
不興顔で教室を見回し、一言。
「さっきっからやかましーんだよ。静かに待てねェのか。」
教室が一瞬で静まり返った。
彼がその言葉を発する前から、その存在感に気圧されるように教室は静まり返っていたけれど、更に。
圧倒的な存在感を携えて教卓前に立ったのは、高杉先生だった。
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