葛藤 2
「…はぁ、」
ため息をついて、壁に寄りかかる。
あたしが下駄箱に行くと、既に生徒用の玄関は閉まっていて、仕方なく教員用の玄関から外に出た。
雨が止むまでの時間潰しのつもりで国語準備室に居たのに、雨はさっきよりも強さを増して降り続いている。
玄関伝いの屋根がある場所で雨を避けながら、あたしは半ば諦めて空を見上げた。
…濡れて帰るしかないか、
仕方なく、雨の中に一歩踏み出そうとして-----
「どうした、こんな所で。」
頭上で低い声がした。
かいだ事のある香水の薫りが、ふわりと舞う。
そうして、あたしの傍らに立ったその人を見上げれば---
「…高杉、先生…。」
ネクタイを外し、スーツをゆるく着こなした格好で先生は立っていた。
昼休みの事を忘れるわけもなく、居たたまれない気持ちであたしは、すぐに顔を背け、肩をすくめる。
気まずかった。
早く行って欲しい。
「お前、傘あんのか?」
だけど、先生は普段と変わらない様子で言って、あたしを見下ろして来た。
「ねーなら乗っけてくぜ。」
「…いえ、大丈夫、です…、」
あたしは小さく答える。
傘は無い。
だけど、あると言っておけば先生は先に行ってくれると思った。
だが。
「そうかい。なら早く帰んな。」
先生はしれっとそう言い、この場から動こうとしない。
あたしが傘を持ってない事、絶対勘づいてる。
「……。」
先生は、あたしが乗せて下さいと言うと思っているのかもしれないけど、そんなつもりはない。
…言えるはずがない。
「……じゃあ、帰りますね。さようなら。」
もういいや。
あたしは半ば投げ遣りに言って、そのまま雨の中へ踏み出した。
「---っとに、ひねくれてやがんな、おめェは、」
「!?」
後ろから先生の声がしたと思ったら、急に頭に何かが被さって来、視界が暗くなる。
「----車持って来っから、ここで待ってろ。」
頭に被せられたそれを捲り上げたあたしの視界には、雨の中を駆けて行く先生の背中が映った。
「ちょっ、先生!」
被せられたのは、先生のスーツの上着だった。
「あたし----」
「濡れねェように被ってろ。」
振り向かずに言って、駐車場の方に駆けて行く先生の姿は、雨のせいで滲んで、すぐに見えなくなった。
被っていろと預けられた上着には、まだ温もりが残っている。
まるで、この上着は人質みたい。
…こんなの持たされたら、今のうちに黙って帰る事もできない。
こんなあたしに、親切になんてしなくていい。
信じたくなる。
信じたいと思う人に依存したくなる。
だから、どうかひとりにして。
だけど-----
ひとりにしないで、
.
- 20 -
[*前] | [次#]
ページ: