sweet devil



一言「今日も疲れた」と定番の台詞と共に、悪魔ハウスの扉を開く。
仕事から帰って来るなり出迎えてくれたのは、何とも言えない甘い香りと、私の大好きな悪魔様。


「おかえり、莢花」


相変わらずの端正な顔立ちと共にキッチンの方から現れたサトルさんを見ると、彼の手が持つ小さな皿が目についた。


「?サトルさん、それは一体...」

「ん?ああ、これ?
メグルくんが昼頃から張り切ってたやつがやっと出来たみたいだからね、ちょっと味見をと思って」

「...昼って...もうそろそろ深夜になりそうですが...」


料理を含む家事の事になると完璧主義者に変貌するメグルくんの今回の作品。
サトルさんの食べかけを覗くと、どうやらチョコレートケーキらしい。
香りを辿ってキッチンに顔を出してみると、我が家のシェフは丁度片付けを終わらせたところだった。


「あ、莢花ちゃん帰って来てたんだ」


そう言うと、そそくさと綺麗な棚から茶葉の缶を取り出そうとするメグルくんを、私は慌てて制す。
昼頃からこんな時間までこの場に立ち続けていたであろう彼にそんな気を使わせてしまっては、何となく罰が当たりそうだったからだ。

後はやっておくからとにこやかに返すと、メグルくんは少し申し訳なさそうに自室へと消えて行った。


私は冷蔵庫の中の適当な飲料水でも飲もうと思い、扉を開く。
すると目の前には輝かしいウェディングケーキさながらのチョコレートケーキが庫内を支配していた。


「...すごい」

「プロ並みだよね。
何とかっていうランクのチョコレートで作った何とかっていうチョコレートケーキだとか言ってたよ」

「サトルさん...あまり説明になっていないようですが」


好きなチョコレートを堪能できたお陰で気分が良いのだろうか。
彼は"まぁまぁ"と言いながら食べ終えた食器類を流し台へと運んだ。


「それより」


私が振り返るよりも先にサトルさんの腕がのび、腰を引き寄せられたかと思うと徐に唇を押し付けてきた。


「ん...ぅ!」


口の中には甘くて少しほろ苦いチョコレートの香りが広がる。
強引な口付けから彼は機嫌が良いのではなく、その真逆だということが伺えた。
音を立てて離れる唇を無意識に少し追ってしまい顔を赤らめていると、意地悪そうに口角を上げる彼と目があった。


「何でこんなに遅くなったの?」


優しく問いただす彼は悪魔のような瞳で笑む。
少し痛いくらいの強い力で腰を抱く彼を見つめながら、『ああ...やっぱりこの人は正真正銘の悪魔なのだな』と思わずにはいられなかった。


「え?えっと、残業で...こんな時間に」


確かにいつもなら遅くなるときは連絡をいれているのだが、今日に限ってそれどころではないくらい忙しかったのだ。
まさか連絡をいれないだけで、こんなにも恐ろしい目に遭うとは思ってもみなかった。

怖いくらいの端正な顔立ちと意地悪そうな笑みはそのまま、サトルさんは小さく首を傾げて私の顔を覗き込む。


「本当に残業?」

「ざ、残業ですよ!
他にどんな理由があってこんな遅い帰宅に...」


ここまで言いかけた瞬間、何となく嫌な予感が脳裏を駆け抜けて行く。
まさか、いや、そのまさかな可能性を否定できないのがとても悲しいことなんだけど。


「何処かの男と一緒だったりとか」


期待を全く裏切らないサトルさんの言葉に顔面蒼白中の私だったが、とにかく今は何としてでもこの誤解を解かなくては。
『もしくは何処かの天使と...』と続く彼を強気に睨むと、私は少々上擦りながらも精一杯声を張った。


「私はサトルさん以外の人に誘われたって着いていかないしサトルさん以外の人に触れられたって一ミリもトキメかないしサトルさん以外の人に声をかけられたって振り向きません!」


意気込みと勢いに任せた早口のような言葉に、サトルさんは目を見開いてポカンとしていた。
自分でも分かるくらい顔が熱い。
こんなに真剣になれるのは、きっと彼が愛しすぎるから。

サトルさんはふっと優しく笑むと、その綺麗な口元をゆっくりと動かした。


「理由なんて何でもいいんだよ」


そう言って口角を上げる彼は、やはり空想上通りの恐ろしい悪魔だった。




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