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それだけでも格好のネタになるのに、彼女の風潮はそれだけに留まらなかった。
芸術に盛んなこの街は、この少女が通う学園の他にも何校か音楽院が存在する。小劇場や芝居小屋等点々と点在している中、最も古く格調あるオペラハウスで、年に二回だけ聖ハミルトン学園主催のオペラが開催されるのだ。街の繁栄、生徒のお披露目、学園のパトロン獲得と様々な目論見を携えたこの催しは、誰でも観劇出来る様にと、毎回低価格で公開している。特等席を占領する目の肥えた貴族から、ごった返しの立見市民まで満席御礼のオペラに、三度も続けてプリマドンナを演じた女性がいたのだ。話題を攫って一躍有名人となったその女性は、パンフレットに掲載された名もフォークナーだった。
アリスは足を運んだ事はないが、メイドも挙って見に行ったらしく、まるで脚光を浴びた劇団が街に訪れたかの様に盛り上がっていた。
「街で評判のプリマドンナって貴方の事だったのね。」
名字を言っただけで素性がバレたパロマは、すっかり肩を落としてしまった。
「やっぱり分かっちゃいますよね・・・。だから公演時には偽名を使うように、とお願いしておいたんですけど・・・。」
遠い目をして自分の不運を呪うパロマ。そんな姿でさえ儚げで、抱きしめたくなる可愛さだ。
彼女の話からすると、街に出ると何かと言い寄って来られて、いつも無視して通り過ぎようとするが、たまにああして追っかけられる羽目になると言う。女性に追いかけられていたのも目撃したと話すと、あれは意中の彼を横取りしたと勘違いされて、その取り巻き達と一緒に攻め立てられていたのだ、とパロマは答えた。
前門の虎後門の狼、パロマは街に出ると、老若男女問わずいろんな意味で追いかけ回されるらしい。
「それならそうと、宿舎と学校の行き帰りだけで、街に出掛けなければ良いでしょうが。」
裕福な家からの莫大な寄付のお陰で、聖ハミルトン学園は無駄に広い校舎と厳めしい宿舎とを地並びにしている。広い敷地内には、軽食屋、文房具屋、雑貨屋等等、特に驚くべきは学生にはそんなに必要ではないであろう花屋まであるらしい。中での生活ですべて事足りる生徒達には、街に出る理由など無い筈なのだ。
「それが・・・声楽科の買出し係になってしまっていて。学園の外でないと手に入らない物なんかは、言われたら何時だろうと何処だろうと買い付けに行かなくてはならないんです。」
「なにそれ。」
それは一般的にイジメというのだ。
アリスはしょんぼりしたパロマが不憫に思えた。確か、新入生はどんなに実力があっても舞台には上がらせてはもらえない筈。プリマドンナにまで抜擢されたのだろうから、少なくともに二回生より上だ。下にも多くの後輩達がいるだろうに、そこからも命令されてしまうのだろうか。
「仕方ありません。みなさん、お家に商人を呼んだ事はあっても、自分の足で買いに行ったことなんて無いんですって。格が違うのでしょうね。その点、私は街なんて出慣れていますから。」
「ええ〜?それ信じてしまうの??してるわよ、買い物ぐらい。」
「そうかもしれませんが・・・いいんです。実は、先輩を通り越してプリマドンナを演じた引け目もありまして。何とも思われないかもしれませんが、私的に気持ちが楽なんです。」
すごく無理をしてそうな笑顔に、アリスは疑いの眼差しを向ける。
ちょっとした外出がこうも何度も何度も追われて身の危険を感じて、それでも良いと言うのか。
「なら、せめてお友達と一緒に行ったらどう?今回は私がいたから良いものの、また絡まれたら逃げ切れるかなんて保障はないのよ?」
「ああそれは駄目です。」


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bkm


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