29
1人の少女が、クローバーの草原をやや小走り気味で先を急いでいる。
長い艶やかなブロンドの髪と真っ白なエプロンドレスが風になびいて、彼女は揺れる髪を片手で押えた。そして一度立ち止まると、緑に囲まれた澄んだ空気を胸一杯に取り込んだ。生き生きとした若葉色の瞳が、明るい日差しを受けて少し細められた。
すると突然強風に見舞われ肘に掛けた籠の布巾が飛ばされてしまう。慌てて布巾を取りに行き、籠に被せなおして四隅をギュッと籠に押し込み、そして踵を返すと目の前に悠然と立つ塔の正面階段を登っていった。
「ユリウス―!遅くなってごめんねぇ〜。」
彼女は厳かな扉を躊躇いも無く開ける。床に置いた籠をもう一度肘に掛けると、迷うことなく先へと進む。
「ビバルディのお買い物にずうっと付き合わされちゃったの。も〜長くて長くて、こっちが困っちゃったわ。お詫びに街で評判のバケットを買ってきたわよ〜。」
ここは時計塔。
パロマがハートの城の牢屋に入れられた時刻、そしてブラッドがジャックの屋敷に総攻撃を仕掛けたのと全くの同時刻だった。
塔へ入った少女は塔中央にある螺旋階段へと足を掛ける。
「ねぇ、いないのお〜?」
すると、カツンカツンと階段を下りる靴音が聞こえてきた。この塔の持ち主を知っている彼女は、彼にしてはやけにその音が荒々しいものだったので、不思議に思い首を傾げた。
「アリス!お前遅過ぎるぞ!!」
現れたのはやはり、この一帯を取り仕切る領主、時計塔の番人ユリウスだった。
彼女が第一声を発する為に口を開くと間髪を入れずにグイッと手を引かれて、結局そのタイミングを失った。しかし、そんな彼女に気遣う余裕が無いのか、ユリウスが下がった階段を彼女の手を引きながらまた上っていく。彼女も慌てて彼に合わせて両足を動かした。
「着いて早々で悪いが話がある。急いで仕事部屋まで来てくれ。」
何に対しても動じない彼にしては、珍しくかなり焦っている。そこでやっと声が出た。
「ちょっちょちょっと、何っ何なの?引っ張らないでってば〜―――あら?随分片付いているのね。」
いつもと趣が違う塔内に好奇心を隠せないようで、階段を上りつつキョロキョロと見渡す彼女。


prev next

125(348)

bkm


top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -