その晩、あいつの夢を見た。今となってははっきりとは思い出せない、あの顔だ。そうだそうだ、こいつはこういうやつだった。どこまでも綺麗で、意地が悪そうな顔。女のように色香の漂う怪しい微笑み。僕の記憶の中のそれが蘇る。

「お久しぶりですね。今年も会いに来てくれて、私はとっても嬉しいですよ。」
 そう僕に語り掛ける姿は記憶の中のあいつそのもので、声なんて忘れてしまっていたのに、確かにこいつはこの声だった、と思わせた。お前さ、約束すっぽかしやがって、だとか、いろいろと言いたいことはあったのだけど、声は出なかった。

「まだ私は咲きますよ。必ず。」
「そうしたらあなたに会いに行きますね。」
「坊も大きくなったんでしょうね。」
「こうして夢で語り掛けることしか今の私はできないんです、ごめんなさいね。」
「あぁ、お腹がすいた。嫌ですねぇ、年を取ると。自分で好きに動けやしない。」
「楽しみにしてます。あなたに会うのをね。」
「今度来るときは、お土産を持ってきてくださいね。私の栄養になりそうなものを。」

 あいつは勝手に僕に語り掛けるだけ語り掛けて消えた。夢の中だというのに、桜の香りを残して。


 起きたら、桜の香りがした。家の近くにも、家の中にも、桜はない。あぁ、昨日の夢は本当だったんだ、と漠然と思った。部屋に残る、この桜の匂いは、紛れもないあいつの匂いだ。風邪をひいたかのように頭が重く、霧がかかったみたいに思考が安定しない。それでも、気分は良かった。
あいつに会わなければ。僕はあいつに会わなきゃいけない。あいつの言葉がいやに頭に残っていた。「お腹がすいた。」「お土産を持ってきてくださいね。」「私の栄養になりそうなものを。」
 そうだ、土産。あいつの栄養になるような。桜がきれいに咲くように。

「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」


 そうだ、死体。死体だ。桜の下に死体を埋める。栄養だ。あいつのために、持っていこう。きっとあいつも喜ぶはずだ。桜もまた咲くはず。そうすれば僕らはまた会えるんだ。十年越しの再会だ。感動の再会。初恋の再開。あの日の続きからまた始めよう。
 朦朧とする頭であの桜の下へ向かった。神社の境内で一人、遊ぶ少年をお土産にして、あいつの下へ。

「桜、咲くかなぁ。」
 なんだか眠くて何も考えられないけど、とりあえずは来年を楽しみにするよ。



[ 24/26 ]

[*prev] [next#]
[しおりを挟む]


back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -