生に抱擁を、死にくちづけを - asteroid | ナノ

02



 やがて目的地であるウォラスおじさんの家に辿り着いた。脇にある畑は既に無人で、農具も片付けた後だ。まだ日も傾いていないのに珍しいなと思ったが、きっと今日の作業は早々に終わってもう家の中にいるのだろう。そう踏んで、開け放してある玄関から中へ向かって呼びかける。
「おーじさーん!」
 この家の匂いは相変わらず独特だな、なんて思いながらぼんやり待っていると、そのうち奥さんのシャルロさんが返事をしながらひょっこりと顔を出してきた。
「おやハルベラちゃんか。うちのに用事かな?」
 切り揃えられた明るいブラウンの髪が眩しい。シャルロさんは身体を動かすことが好きで、よく薪割りや井戸の水汲みなどの力仕事をしているのを見かける。こうして家でエプロン姿になっていても、引き締まった健康的な身体が見て取れるほどの肉体美の持ち主だ。
 私はバスケットをちょいっと持ち上げて、彼女の言葉に頷いた。
「うん、小麦貰いにきたの。もしかして今いない?」
「いや、あーさっき丁度便所に入ってね。今呼んでくるからちょっと待ってな」
 そう言ってシャルロさんは扉の奥に戻っていった。……が、直後、こちらにも聞こえる音量でウォラスおじさんを呼ぶ声が聞こえてきた。シャルロさんは声も大きい。とことんエネルギッシュな人だ。
 それからややあって、シャルロさんが戻ってきた。その後ろに付く形でウォラスおじさんも姿を現す。もう見慣れたスキンヘッドが別の意味で眩しい。
「ハルベラちゃんよく来たなあ! 小麦が欲しいんだっけか?」
「こんにちは、おじさん! お母さんに頼まれて。なんか、今日は終わるの早かったね?」
 そう言うと、ウォラスおじさんはさながら夕飯に好きなおかずが出てきた子供のように、途端にぱっと顔を輝かせた。
 髪型が髪型な上に体格もがっしりしているから、外見からは威圧的な印象を与えがちだけれど、中身は人懐っこくてどこか子供っぽい。そういうギャップがウォラスおじさんの隠れた魅力だ。私も昔は怖い人かもしれないと思っていたけれど、今はもうそんなことは思わない。
「そーだそうだ、シャルロが久しぶりにケーキでも焼くかっつってな? だから早めに切り上げてゆっくり食べようと思ってさ」
 シャルロさんのケーキ。そう聞いて、私も思わずウォラスおじさんと同じように顔を綻ばせる。
 シャルロさんは力仕事も十八番だが、何よりお菓子作りが得意だ。うちにも度々余りを分けてもらっている。シャルロさん本人は快活な人だが、作るお菓子の味は打って変わってとっても優しい甘さをしていて、家族みんな(特に兄が)その味の虜だ。
「ケーキ! ほんと!?」
 咄嗟に食いつくと、シャルロさんがにっこり笑って答えてくれた。
「うん。もう焼き上がる頃かな。ハルベラちゃん、焼き立て食べてくかい?」
「食べる!」
 食い気味に即答する私を笑うシャルロさんとは正反対に、ウォラスおじさんはちょっとだけ腑に落ちない顔で、こめかみを掻いている。
「焼き立てはいつも俺の特権なんだがなぁ〜……」
でも直後、彼らしいニカッとした笑みを浮かべて、私の肩を叩いた。
「まあハルベラちゃんだしな! その間に小麦詰めとくか、カゴ貸してくれ」
「へっへへ、やったぁ」
 思わずにへらと笑みを零して、私はウォラスおじさんにバスケットを委ねる。そうして二人で他愛ない話をしながら、少しの間待っていた。ケーキが焼き上がるまでの時間を、そわそわとした幸福感につつまれながら。



 あれからウォラスおじさんがバスケットいっぱいに小麦を詰め終わってしばらくしたところに、シャルロさんからお呼びがかかった。
 待ってましたとばかりにリビングの扉をがらっと開けると、香ばしい甘いかおりが一斉にやってきて、鼻とおなかを容赦なくくすぐってくる。ウォラスおじさんと一緒に歓喜の声を上げて、そうして3人で焼き立てのパウンドケーキを頬張った。本当の焼き立てを味わったのはハルベラちゃんが初めてだとシャルロさんがこっそりささやくように言うものだから、いつもどおりの優しい甘さが、3人だけの秘密の味になったように思えた。
 秘密を心とおなかにしまいこんで、二人にたっぷりお礼を言って、そうして私はようやく帰路についた。
 ――もうすぐあんたのとこも帰ってくるだろうからね、ちゃんと分けてあげなよ。
 シャルロさんは帰りしなにそう言って見送ってくれた。そういえば、もうそろそろ日が落ちてくる頃だ。顔を上げて見てみれば、たしかに空のまぶたがゆっくり閉じてきている。

 歩みを早めて来た道を戻り、見慣れた我が家の玄関を開けた。途端、今朝ぶりに見た顔が2つ並んでこちらを振り返る。ちょうど帰ってきたところに鉢合わせたようで、まだ母は出迎えに来ていなかった。
「おかえり、お父さん、兄ちゃん」
 私がそう声をかけると、父が狩猟用の槍を立て掛けながら先に返事をした。私と同じブロンドの髪がさっと揺れる。
「おおハルベラ。なんだ、お使い行ってたのか」
「ウォラスおじさんのとこ。お母さんに頼まれたから」
「……あの野郎、ほんとハルベラには甘いな」
 ぎゅうぎゅうに入れられた小麦たちを見ながら、オレが行ったらこんなに分けてくれないぞ、と零す父。ウォラスおじさんの態度の違いも、父の不服そうな顔も面白くて、思わず笑ってしまった。
 そうやって父と話していると、不意に左手が軽くなった。あれ、と見れば、シャルロさんから貰ったケーキを目敏く見つけた兄が、何食わぬ顔で紙袋をひょいと奪っている。
「これ、シャルロさんのお菓子?」
「あ! もう。そう、シャルロさんのケーキ。ちょうど焼けたとこだったの。後でちゃんと分けるんだから取らないでよ?」
 釘を刺すも、バーガンディーの頭はこちらを向かない。紙袋を見つめて、ただ、ケーキ、と嬉しそうに呟くばかりだ。……まあ、嬉しそうなのは、いいんだけど。
 その後ようやく、おかえり、と母が台所から顔を出してきて、私たちは雑談を止めて玄関を後にした。



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