ひたすらに、静かな目覚めだった。


「んん……」


 重たい眼をこじ開けながら、ジュード・マティスはゆっくりと上体を起こした。
 ベッドは窓に沿って並べたはずだったが、それにしては日光の欠片も下りてこず、不思議だなぁと首を傾ける。不安になって覗き込んだ窓からは、暖色に輝く発光樹の建築物がぽつりぽつりと光り始めていて、僕はようやくイル・ファンという首都を思い出した。


(……ああ、そっか。エリアス、いないんだった……)


 締め切った部屋のように暗い家だけれど、夜域にあるイル・ファンでは当たり前のことだ。けれど、その部屋が何倍にも広く感じてしまうのは、きっと、住人が一人欠けてしまっているからだ。

 ジュードは欠伸をもらしながら、ベッドから下りて支度を始めた。うっかり癖で取り皿を二つ出してしまったので、一つにはパンをのせることにした。昨夜は缶詰だっただろうエリアスも、きちんと朝食を摂れただろうか。


(なんで、ル・ロンドだと思ったんだろう)


 起き抜けに、青空が待ち構えていない朝なんて、もうとっくに慣れたはずだったのに。彼と話していると、なんだか故郷を思い出す機会も多かったから、つい半年ほど、時間が巻き戻ってしまったのだ。


「……あれ? 定刻鍾だ」


 朝の刻を報せる鐘の音が聞こえてきて、そんなに早起きしていたのかと目を丸くした。
 慌てて壁掛けの時計を見てみれば、確かに早朝の時間を示しているし、間違いはなさそうだ。


「うーん……結構時間あるなぁ。出るまでに何しよう……?」


 腕を組み、人差し指で、こめかみのあたりをトントンと突ついて悩んでみる。自分ではあまり気にしていなかったけれど、どうも思考するときの癖らしい。真っ先に掃除が浮かび、思ったが吉日と、ジュードは一度袖を通した白衣を脱いだ。

 しかしそもそも、几帳面な彼は物を散らかすこともなく、細かなゴミや埃を払うのもすぐに終わってしまった。エリアスの荷物には触れないようにしたし、家具の位置もきちんと元に戻した。
 片付けをするというよりは、共同生活を送る部屋の保全という意識が強かったのかもしれない。誰だって、いつの間にか家の配置が変わっていたら、びっくりするだろうし。


(あ……そういえば、エリアス、明後日に引っ越すんだっけ。……あ、いや、別にここが本拠地なわけじゃないんだけど……)


 なんだか急にもやっとして、うーん、と頭をひねってみる。
 引越し、転居……なんと言えばいいんだろう。どれも同じだ、そうなってしまえばエリアスは僕のうちに留まる必要がなくなるのだ。間違ってはいないのだけれど、なんとなく、こう……落ち着かない。

 ジュード・マティスは秀才だった。他よりもずっと若くして医学校に入り、この半年ほど、年上はともかく年の近い知り合いはいなかった。
 そこに突然エリアスと話すきっかけが(本人にとっては不幸な出来事ながらも)うまれて、あまり普通でない出会いをした。だからこそ、数日後に迫った彼の転居後が、どうも不透明で落ち着かないでいるのだ。
 幼馴染と友人は全くの別物だ。転居が住んだ後、僕とエリアスは、どんな友人付き合いをしているんだろう……?


「……今度は僕が、泊めてもらったり、とか」


 してもいい、のかな。……あ、いや、新居にいきなりって厚かましすぎない? エリアスだって、しばらくは一人でゆっくりしたいよね。
 ……ど、どうなんだろう。

 ソワソワと部屋を目線を泳がせて、思いっきり挙動不審だったけれど、幸いにも部屋には僕一人しかいなかった。
 楽しみなような、不安なような。どうにも言葉にしにくい感覚で、けれどどれも嫌ではなかった。ドキドキして温かくて。友達っていうのは、こんなにも、こんなにも……。


「……あ! しまった、もうこんな時間!」


 慌ててカバンを引っ掴み、靴をつま先に引っ掛けたところで、白衣を脱ぎっぱなしだったことに気がついて、ジュードは一つ深呼吸をした。精神統一、集中こそがいかなるときも活路を見出すのである。二つ三つ重ねれば、今なら魔物の背後にも一瞬で周り込めるような自信さえ湧いてきた。
 ーーいける! と、意気込んだ少年は改めて駆け出した。そうだ、今日はまだ朝の挨拶をしていないから、落ち着かないなかも。きっと友人も学校に到着しているはずだ。
 その後、エリアスとの間に現れた先輩の背後へ無意識に瞬間移動してしまい、講義の幕開けが先輩の悲鳴になったことについて、恥ずかしいのであまり触れないでほしいと、少年は頭を抱えた。



'140827

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