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▼ たとえば夢を見れたとして

 靡く鮮やかな赤が、いっそ花びらのように見えた。高台から一望する緑の山と花の街。逃げる髪を追いかけては、指を擽る房に思わず苦笑がこぼれる。

「風が強いですね。何度まとめても飛ばされてしまって……」
「やっぱ、こんなとこでやっても意味ねーんじゃねぇの?」
「そうおっしゃらないで下さいな。四ヶ月もお会いできませんでしたから、私も坊ちゃんの髪が懐かしいのです。宿に戻ったらまた調えますから」
「……あっそ」

 好きにしろ、と、坊ちゃんはまた前を向かれてしまった。それが少し寂しい。
 私は櫛を持ち直して、二回三回と朱い髪に通していく。四ヶ月もの旅となれば、惜しいほどに傷んでしまった長い髪。年相応の青年らしくはある。けれど彼の身分を考慮するならば、帰っていい顔はされないのだろう。
 理不尽な話だこと。彼は屋敷の中なんかじゃなく、もっと世界を渡り歩くべきなのに。公爵様のお考えはわからない。

「ルーク様、外の世界はいかがですか?」
「やなことばっかだっつーの。服は汚れるし、ジェイドやティアは何考えてっかわかんねーし。それに……」

 ふと、髪を束ねる手が引かれた。ルーク様の視線が落ちる。彼は自分の左手を見つめて、一度、ぐっと握りしめる。
 悔しい。悲しい。王家に連なる以上、いつか――少なくとも今ではない数年後、覚悟しなければならなかったこと。けれど今成り行きとは言え、彼は親善大使として終戦の要となっている。必ず無事でキムラスカに到着し、今度こそ、笑ってくれればいいのだ。

「ルーク様」
「な、なんだよ」
「初めに、タタル渓谷に飛ばされたそうですね。そこにはどんなものがありました?」
「何って……」

 高台に寝転がって、ルーク様は空を見上げた。ぼんやりとした翡翠の瞳。今彼を満たすのは、きっとお屋敷では出会えなかったものばかりなのだ。その、感動に揺れる瞳こそがうつくしいのに。一緒に見れたらどんなによかったろう。本当に、ティアさんが羨ましい。

「海とか花とか、木もすっげー生えてたし、虫や魔物がうざかった」
「そこに自生している花は、セレニアの花というそうです。私も見たことがないので、坊ちゃんが羨ましいですよ」
「見たことないのかよ? たくさん知ってるお前でも」

 私は笑って頷く。私なんかちっぽけな人間な人間ですもの、世界のすべてを知ったらきっとこわれてしまうわ。けれど無知でいるのは恐ろしくて、もっともっとと貪欲になってしまう。けれど詰め込んだ知識すら結局は消えて無に還るのなら、私はあなたの傍にいて、あなたと同じものを見ていたい。それが私の夢であり、世界を見つめた結果。私の選んだ世界。

「世界なんて、私の知らないものばかりです。知り尽くせるものではありません。だからこそ楽しくもあります。ルーク様には、世界のいろんなものに触れて頂きたいのですよ」
「……よくわかんねえけど、そんときはお前もついてこいよな。その、花とかの名前なんか、知らねーし」
「坊ちゃんは花がお好きですね。ペールが喜びますよ」
「ばっ……ちげーよ! 別に! い、嫌なら来んなよ!」
「そんなこと! 私で宜しければ、喜んでお供いたします」
「……ったく」

 最初からそう言えばいいんだよ。顔を赤くして、拗ねたように唇を尖らせる彼がいとおしい。木漏れ日が朱い髪を光らせて、光の粒子が風に舞った。







'100619
月夜佳奈様からリクエストを頂きました、ルークほのぼの女主夢です。
久しぶりのルーク…!彼にはもっと笑ってほしいです…
お持ち帰り・返品は佳奈さんのみ大丈夫です。
企画へのご参加、誠にありがとうございました!


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