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▼ 君を探して

「……はあ。君はまた、人の心配も知らないで……」


 暗闇の中で、大好きな声がした。浮上していく意識に、土の匂いが押し寄せてくる。
 差し込む光に、ふと影が混じった。目を擦りながら見上げたその先で、菫色の彼は呆れを滲ませていた。


「ふわあ……おはよ、ミクリオ」

「おはよう名前。ほら、早くそこから出てきなよ」


 言われてようやく、自分が木の根元に寝転がっていることを思い出した。この大きい木の根元には空洞ができていて、体を伸ばすのにちょうどいいのだ。そう……そういえば、森で昼寝をしていたんだっけ。

 もう一度欠伸をして、ごろりと体勢を変えた。空洞は地面が凹む形になっていて、入り口が上の方にある。のだけれど。


「……どうしよう、滑って上がれないや」

「まったく、木の下になんて潜り込むからだ。ほら、引き上げるから手を貸して」


 呆れ顔をされながらも、ミクリオの手が目の前に伸びてきた。
 髪の色に負けないくらい白くて、けれど思ったよりも固い手のひら。スレイと手合せをしたり、ウリボアを狩ったり、遺跡を探索したりして培われたもの。

 ぼんやりと見つめていたら、白い手が急かすように揺れた。その手を掴んで、足元に力を込めて。


「せいのっ……!?」

「わあっ!」


 登れなかった。
 まず私が足を滑らせて後ろに倒れ、手を掴んでいたミクリオも落ちてきた。


「あはは……ゴメン、ミクリオも落ちてきちゃったね」

「いってて、この穴ってこんなに深かったのか……? 名前、怪我してないね?」


 体を起こすなり、ミクリオは私に向き直って怪我の有無を確かめた。私はといえば、特に痛いところもなくって、むしろ土や葉っぱを乗せたままのミクリオがなんだか面白くって、くすくすと笑ってしまった。


「ミクリオ、顔泥だらけ!」

「そういう君は、全身泥だらけだけどね……。森には危険な動物もいるって分かってるだろ?」

「ふふ……ごめん。心配してくれてありがと、ミクリオ」


 でも、ここ気持ちよくって。そう笑うと、ミクリオはやっぱり嘆息した。だって、本当にちょうどよかったんだもの。……そりゃ、心配かけたのは、申し訳ないって思うけど。
 バツが悪くて目を合わせられないでいると、ふと、ミクリオが小さく笑った。菫色を少し細めて、困ったような、優しい微笑みを浮かべている。


「妹分の世話を見るのも、兄の務めってね。でも、今度からはせめて声をかけてから行ってくれ」

「はあい。ごめんなさい、ミクリオ」

「よし。じゃあほら、僕が支えるから名前が先に……」

「あれっ、二人ともここだったのか」


 ふとまた空洞が暗くなって、これまたよく知る少年が現れた。緑の瞳がきょとんと瞬いて、耳飾りが風で揺れている。


「あ、スレイだ」

「見つかってよかったよ。けど、名前探しじゃミクリオに敵わないなあ……って、なんでそんなに泥だらけ?」

「……そうだ、スレイ」

「ん、なに?」

「滑って登れないの。手、貸してくれる?」


 私は嘘も言ってないし、ミクリオも知らん顔をしていた。スレイはそれならと疑うことなく手を差し伸べてくれる。
 まっすぐで優しいもう一人の兄貴分に、私は泥だらけの顔でにっこりと笑えば、イズチの森にもう一つの悲鳴が響いた。



'150130

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