▼ すれ違い様の秘密の言葉
「沢田ってさ、なんか聞き上手っぽいよね」
「え?」
茜色の光が、味気ない教室に温かみを添加する。
小テストで残念な結果をとり、また席が前列だったせいで不運にも先生にパシられたあたしと沢田は、貴重な放課後を潰してプリントの分別作業に追われていた。三枚重ねてホチキスで止める分かりやすく単純かつ地味な作業。
何でも、保護者会に使う資料だとかなんとか。
沢田と仲の良いグループメンバーである山本武は部活で精を奮っているし、手伝う気満々だったらしい獄寺隼人は花火(本人はダイナマイトだと主張しているがどちらにしろ危険物である)の調達が今日はどうしても外せないからと泣く泣く下校(何故かぎらりと睨み付けられた)。
今日に限って他の友達の予定が重なり、結果的に、二人で作業を黙々とこなしていたわけだが。
……む、会話を切り出すには突拍子もなさすぎたか。
沢田が普段から大きい目をさらに丸くしている。とはいえ、出た言葉は取り消せないし、まぁいいか。
「ほら、夫婦や恋人の関係って、いわば長い会話だし。沢田はさ、相手の話を促したり展開させたりするのが上手そう。山本は逆に話し上手そうだし、獄寺は、まぁ、見るからに一途そうだし。……と、あたしの勝手なイメージなわけだけど」
なんとなく思ったんだよね、と笑って、ふと肩をすくめる。何かいまいち盛り上がらないなぁ。
まだ学年が上がって二ヶ月。ちょっと気が弱いとか、優しいのはすぐわかるけど、でもまだ、いまいち彼が掴めていない。
ちらと沢田を覗き見ると、どこかぼんやりと、ホチキスの芯を補充していた。
――沢田綱吉。
前々から様々な武勇伝を耳にしてはいたが、三年になって初めてクラスが同じになって。
……だからといっても、普段はあまり話すことないし、どういったジャンルが好みなのかわからない。今になって山本や獄寺の不在が悔やまれる。
彼らと一緒にいるときの沢田は、よく笑ってるから、きっとこんな空気にはならなかったはず。
……なんて、他力本願もいいとこか。
あたしが三枚のプリントを一組にまとめて、それを沢田がパッチン係。分担したことでだいぶスムーズに進み、分け終えたあたしもパッチン作業に回り、やっと終わる兆しが見えた。
意外と器用な沢田がきれいにホチキスで止めたのを最後に、積み上がる資料の山。
……おぉ、あたしたちの努力の結晶が……! 生徒をこきつかったんだから、下手なプレゼンすんなよ先生!
「沢田お疲れー! あぁやっと帰れる!」
「名字さんも、お疲れ」
作業に取り組んだ相方として互いに労る。沢田と初めてこんなに話せたし、その良い機会だったと思えば、むしろ点数悪くてよかっ……なわけないか。うん。先生に殴られそうだ。
橙と藍のグラデーションを広げる空のもと、閑散とした校舎で二人寂しく下校用意。時計を仰げば大分時間が経っていた。
うーん……真っ暗になる前に帰り着きたいなぁ。
沢田に家を尋ねたが、ばっちり反対方面だったので、校門まで一緒に行く流れになった。
グラウンドを見下ろせば、部活動生がまだ練習に励んでいる。目を凝らして探せば山本を見つけ出せるだろうけど、あまり自信がなかったので、早々と切り上げて鞄を持ち上げた。
膨れた鞄を手に、戸締まりされた廊下を、下駄箱を、グラウンドを、沢田と並んで進む。さっきも薄々感じていたが、沢田もだいぶ背が伸びたなぁ。
あれ、もしかしてあたし越されてた? いや、男子の成長期の伸びはすごいっていうけどさ、……なんかちょっと複雑かもしれない。
「ともかくさ、キミらの嫁さんは幸せそうだよねー。ふむ、羨ましい」
「…………」
彼の最有力候補は、やっぱり笹川さんだろうか。そういえば、二年前の決闘騒ぎも彼女絡みだったらしいし。あ、前に来てた緑中の子も可愛かったなぁ。両手に花とはなんて羨ましい……! いや、もてる男はツラいね。
半分閉められた校門にたどり着き、それじゃあまた明日と手を振って背を向けたあたしを「名字さん、」呼び止める声がして、怪訝に思いながら振り返る。
「オレも……名字さんの相手が羨ましい、な」
「あっはっは、沢田もうれしーこと言ってくれるじゃん。気を使ってくれてありがとね!」
いやぁ、沢田くんってばホントやっさしーんだから、もう。お世辞とわかってても嬉しいもの。
何やら複雑そうな顔をする沢田へ、もう一度笑った。
「ありがとう、沢田! また明日ね!」
(なんだか良いことありそうだ!)
'090108
title:Aコース
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