目覚めたのは薄暗い路地裏――ではなく、見知らぬ部屋であった。
頬に何か柔らかいものが触れているのに気付いて、身体を起こす。
どうやらベッドに寝かされていたらしい。
数日ぶりに感じる柔らかな布団の感触に思わず浸っていれば、ふと此処はどこなのだろうという疑問が生じた。

慌ててベッドのすぐ傍にあった小さな窓のカーテンを開ける。
雨は止んでいるらしい。薄い布を開けた瞬間太陽の日の光が飛び込んできて、あまりの眩しさにナオは思わず目を瞑った。

『……ここ、何処?』

日の眩しさに漸く慣れた頃、この部屋がどうやら二階に位置するらしいということに彼女は気がつく。
下を見れば往来を歩く何人もの人が見えた。

『目が覚めたのか。』

不意に、声が聞こえた。
慌てて振り向けば、ナオは思わず目を見開くことになった。

『……どうした、どこか痛むのか?』

途端に黙り込んだナオに男は疑問を思ったらしい。首を傾げながら彼女に近づくと、ベッドの傍にあった小さな椅子に腰をおろす。
真っ直ぐに切り揃えられた特徴的な黒髪が、男の肩の上でさらりと揺れた。

椅子に座ったあと、男は何も言わなかった。
余計な詮索をしない主義なのか、それともナオが何かを言い出すのを待っているのか、どちらなのかは彼女には判断できなかった。
それ故に、彼女も何を言うべきなのかよくわからず思わず黙り込んでしまう。
部屋には時計が時を刻む音以外何も存在せず、ただ沈黙だけがそこにあった。


とうとう、ナオは沈黙に耐え切れなくなって男に問いかけた。何故私はここに居るのか、と。
男は問いに答えた。
雨の中道端で倒れこんでいる彼女を男が見つけ、ここに運んだということ。
長時間雨の中にいた彼女が高熱を出して、1日半ほど目を覚まさなかったこと。

男のそんな答えにナオは再度問いかけた。何故自分にそこまでしてくれるのか、と。
彼は今度はその問いに答えなかった。変わりに、『行く宛てが無いのなら、暫くこの家に居ても構わない』と言った。
同時に男は自身の名を告げる。

『ブローノ・ブチャラティだ。』
『……ナオ。』

ナオが名を言えば東洋人なのかとブチャラティは彼女に問いかけた。
彼女が素直にその問いに"Yes"と答えれば『道理で髪が綺麗なはずだ』と彼は言い、ナオの髪にそっと触れた。


触れた手は
(酷くやさしく、心地よかった。)




 
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