Short novel | ナノ


requited love  




 闇の森を治めるスランドゥイル王は中つ国に留まるエルフの中でも特に眉目秀麗で武勇に優れている事で有名だ。そしてその近習を務めるエルフも、時折変わる事があるものの皆優秀な者ばかり。現在王の近習を務めるアレゼルもまた、その才を彼の側で遺憾なく発揮していた。

「アレゼル」
「駄目です」
「まだ何も言っておらぬではないか」
「酒なら政務が終わり次第持ってこさせます。ですから今はどうぞ集中なさってください」

 ぐぅ・・・・・・と唸るような声をあげてスランドゥイルは筆を握り直す。しかしすぐに元の調子で書類にサインをしたり目を通し始めた主にアレゼルはやれやりやれ、と小さなため息をついた。決して政務をさぼる事はしないが、その代わりすぐに集中が切れる。そしてその度に酒を持って来いと言うのだ。
 普段あの特別度数が高いドルウィニオンの葡萄酒をあれだけ飲んでいるのにまだ足りないらしい。一体どれだけ肝臓が強いのだと給仕番が言うのをアレゼルは何度も聞いたことがある。いくら病とは無縁なエルフと言えど、いつか何か起きるのではと心配しているこちらの気にもなってほしい。
 アレゼルがそう考えているうちにスランドゥイルは残っていた政務の半分以上を終わらせていた。あと少しすれば夕餉の時間が来る。それまでに政務が終わるか、または我慢させることができれば最高だ。

「終わったぞ」
「お疲れ様です。もう少々すれば夕餉の時間ですが、それまで自室へ戻られますか?」
「いや、いい。今宵はここに運ばせろ、アレゼルの分も」
「何故にございますか?」
「そなたは我の近習であろう。主の側で支えるのが近習の務めだ」

 大きな宝石のような瞳の奥に隠された言葉を認識したアレゼルは「承知いたしました」と言って給仕長の元へ行く。アレゼルが執務室から出て行くと、スランドゥイルは人払いをして彼の近習が帰ってくるのを待った。
 幼い頃から今まで一緒にいたアレゼルと自分は互いに想い合っているという自覚がある。彼女を近習にしたのも他の男に取られないようにする為と言っても過言ではない。しかし現在の互いの立場上公然と抱き合ったり口づけをしたりするわけにはいかないため、スランドゥイルはこうして時折共に食事をとらせるようにしていた。
 本当は今すぐにでも求婚して自分の妃にしたいところだが、今は先王である亡き父オロフェアが遺したこの王国について理解し、今後の方針を明確に決めなくてはならない。しかしその反面で、昔から王国に支えている者からは早く誰かと婚礼を挙げて跡取りをという声が出ている。本来ならそう急ぐ必要はないのだが、思わぬ時に主君を失って彼の心に焦りが出ているように見えた。
 今の自分にはアレゼル以外の女性と結婚するなど考えられない。ドリアスが崩壊するずっと前から好きだったアレゼルを手放すなど絶対に。だが彼らの意見に賛同する者は多く、このままでは愛してもいない、ましてや好いてもいない女との間に子をもうけることになってしまう。

「一体余はどうすればいいのだ・・・・・・」

 その時、扉がノックされて給仕長のガリオンが夕餉を運んでくる。慌てて表情をいつものように直し皿が机に並べられるのを見ていると、明らかにスランドゥイルの分しか並べられていない事に気づいた。

「ガリオン、アレゼルは今どこにいる?」
「分かりません。私にここへ夕餉を運ぶよう言った後はすぐに給仕室を出ましたので」
「・・・・・・そうか」

 自分の分だけ別に運んでくるつもりなのだろうか。とりあえず待っていようと料理に手をつけないでいると、夕餉と葡萄酒を入れた壺を持ったアレゼルが戻ってきた。給仕も自分がすると言っていたのか、ガリオンはアレゼルが戻ると部屋を退出した。

「酒蔵に行っていたのか」
「ええ。政務が終われば酒を持ってくると言ったから」

 二人きりになればアレゼルの口調は近習のそれではなく、普段同僚と話すようなものに変わる。ドリアスで一緒に遊んでいた、あの頃と同じような柔らかな口調を聞けるのは二人きりの時しかない。政務中は飲みたくて仕方がなかった美味な葡萄酒も、この懐かしさの前ではただの酒のように感じられた。

「この間エルロヒア様から頂いた酒もあるけど、持ってきましょうか?」
「いや、いい。今は・・・・・・」
「今は?」
「・・・・・・、何でもない。食べよう」

 一緒にいたい。とは口にできなかった。せっかく周りに誰もいないのだから素直に口にすればいいものを、とスランドゥイルは自嘲した。一言二言話しながら食事をしていると、アレゼルがそういえば、と話を切り出す。

「スランドゥイルはいつ妃を選ぶの?」
「・・・・・・、まだ機ではない。私はまだ王国について理解しきれていないのだからな」
「そんなにすぐ理解できる事でもないわよ。このまま独身でいるつもりは貴方にだってないでしょう?」

 できるだけ早くね、と言って再び食事を再開するアレゼル。その何でもない風な表情にスランドゥイルの心はちくりと痛みを覚えた。


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