桜色ティータイム






「親戚なんだ」
「へえ」

歩き出して数十歩、西木津は呟いた。美形一家ってのはいいもんだと思う、…いや、待てよ。西木津とその親戚である石原さんが美形ならば、勿論姉や妹が入れば、美人なのでは。

「西木津さん…今度家行かせても」
「僕の妹には婚約者が居るけど、それでもいいならおいで」
…見事な返し技にぐうの音も出なかった。
「この後はもう友達に案内してもらったほうがいいかな、部屋までは送るよ」
「あ、西木津さん。カフェって今空いてるのか?」
「え?空いてるけど」
「じゃあちょっと休んで行ってもいいか、奢るからさ」
「…、うん」

きょとんとした顔で西木津さんは頷いた。

店内は室内が30席、テラスに20席の合計50席ほどの広さがあり、茶色を基調とした、クラシックなカフェというイメージだった。テラスには観葉植物が置かれ、望める景色は素晴らしいもので、ちょうど寮の横にある満開の桜の樹の頭がまるで雲のように、開けた空を持ち上げていた。

「うわ…綺麗だね」
「ここにしましょうか」

その中でも丁度真ん中、薄ピンク色の海原のど真ん中の席に座る事にした。意外な事にこんなに綺麗なカフェ内に人はおらず、カウンターに佇む少し老けた店員さんと、俺達だけだった。どうやらこのカフェは自分で頼んで、先に持ち帰る方式らしく、そのまま部屋にテイクアウトも可能になっているのだそうだ。外国でいうバールと似たようなものだろう。
そうとは知らなかったものだから、何処を選んでも構わない日に席を取ってからまた商品を見に行くという二度手間をしてしまったわけだが、西木津も概要については知っていたものの、初めて入ったらしく気にしてはいなかった。

「モーニングコーヒーはいつもロビーですませちゃってたから…新鮮だなあ」
「利用者があんまり居ないとか?」
「ううん、やっぱり食堂が充実してるからね。僕にはわざわざカフェで話すような友人も居ないし。でも人によっては、使用頻度も高いはずだよ」

相槌を打ちながら、上の板に記載されたメニューを見る。バーテンの格好をした店員さんは、ゆったりとした佇まいでこちらの注文を待っているようだ。

「それじゃあ…僕はカプチーノで」
「カプチーノとブレンドお願いします」
「かしこまりました」

そういや払うのはカードだったか、とポケットを漁る。剥き出しで持ち歩くのも難なので、何かしら容れ物を考えなければな。

「あ、パンケーキ食べたい」
「………」
「ティラミスも美味しそう…」
「…どっちにするんだ」
「ミルクレープかあ迷うな…」
「…カード渡しとくから、注文しておいてくれ」

甘いものを選んでいる奴というのはとことん長い。今までいくら待たされたか、数えようもないぐらいにだ。
西木津にカードを手渡して、そっと席に戻った。

意気揚々と帰ってきた西木津のお盆の上には、コーヒーカップが2つと、俺のカードキー、それからついそこの桜をひとつまみほど盛り付けたような、薄ピンク色の可愛らしいガラスの器がちょこんと乗っていた。

「なんだそりゃ」
「桜のムースなんだって、この季節限定らしいから、これにしちゃった」
「…随分と可愛らしい趣味だな」
「甘いもの好きなんだ、周りには教えてないけどね。…うわ、凄い美味しい」
「俺も食いたい」

丸みを帯びた形をしている器に八分目ほど注がれている桜色のムースと、下には茶色のビスキュイが敷かれている。ムースの上には何かのジャムを塗ったような、桜の花びらが数枚落とされていた。
差し出されたスプーンに乗ったムースを一口食べると、花びらに施されたジャムは甘酸っぱいものだったのか、まず酸味と、液体の染み渡る甘み、恐らくロゼワインの仄かな香りが口の中に広がった。花びらの下に位置されたムースからも、ほんのりとした甘みが伝わってくるのだが、所々緑がかっている所を見ると、桜の葉が混ぜられているようで、非常に香り高い。最後の層のビスキュイは硬めに焼いたココアクッキーをぽそぽそと組み合わせたようなもので、同じ大きさに砕かれた少なめのアーモンドが飽きさせず食べさせてくれる。それぞれの層のバランスも良ければ、ムースを冷凍室で硬めに凍らせて、提供する前に常温に置いて表面が少し柔らかくなっている今の状態も良い。たかが学校のカフェのデザートとは思えないほど、作り込みが凄まじかった。そういや、ここで腕を振るっているのは有名なパティシエなんだっけか。

「うまいな」
「だね。こんなに美味しいなら、もっと早く来ればよかった」

食べたいとは言ったものの甘いものはそこまで得意では無いので、ブレンドを火傷しないよう慎重に啜る。近づいた鼻は香ばしい匂いでいっぱいになり、思わず顔が綻んだ。

「ねえ、牧くん。なんで誘ったの?」
「お礼しなきゃなと思ったからだ。後回しにしても、アンタはいつ会えるかわからなさそうだしな」
「ああ、まったくその通りだね。僕は生徒会役員だから、放課後は殆ど生徒会室に居るんだよ」
「それに、西木津さんともう少し話してたかった」
「あはは、小学生みたいだね」
「殴るぞ」

白けた目で西木津を見るとにこやかな王子様スマイルを浮かべている。

「うそ、光栄だよ」

そう言ったかと思えば、差し出してきたのは藍色のカードキーだった。俺のものは白色なので、これは西木津のものだろう。

「これが?」
「僕の部屋のカードキー。前に管理人さんからスペアをくすねてきちゃったんだけど、あげる」
「…これがあったら西木津さんの部屋に、勝手に入れるんだぞ。会って間も無いやつに渡して大丈夫か?」
「でも牧くんは僕に渡したよね、部屋どころか、財布にもなるものを。モノを大事にしないタチでも無さそうなのに」
「そりゃあ、信用できそうだからな」
「それってなんで?」
「雰囲気と、勘だ」
「僕も同じだよ」

微笑んでいる。しかしその奥にはしっかりとした意志も見える。

「……わかった。じゃあ、預かっておく」
「うん」

西木津は綻ぶように笑った。





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