(捧げ物)うさぎになった会長さま





麗らかな日差しについうとうとと眠気に誘われ、生徒会長のデスクの上で顔を伏せ、うたた寝をしてしまっていたらしい春の午後のこと。宇佐美が数時間の時を経て、瞼を開けると、何故だかデスクの引き出しが真上にある。真正面には鮮やかな茶色い板。足元には、ふかふかと弾力のある茶色い革の椅子。と、ふわふわと、薄茶色い毛。毛?

考えてみればおかしい。いつもの会長席からの光景じゃ、こんなもの見れないというのに。
慌てて宇佐美はぴょんと椅子から飛び降りる。もしや、小人になったのか。いや、姿勢的には、四足歩行だろうか。
副会長がお気に入りのコーヒカップを置いている、ガラス貼りの棚の前へと近寄る。いざ、殉情に、と顔を上げてみれば。182cm在ったはずの身長が、30cmにも満たなくなっているではないか。

「(・・・な、んだこりゃ)」

――宇佐美は自分の髪色そっくりな毛皮を身に纏う、棚の前に可愛らしく佇むうさぎを見た。


一体どうしてか、理由は全くわからないが、自画自賛してやろう。中々に可愛らしいではないか。これを機にうさぎを飼おうかと迷うほどには、毛並みも良く、色も鮮やかでありながら、淡く、なにより宇佐美の特徴的な灰色の瞳を持っている。これを俺と言わずに、なんという。


<うさぎになった会長さま>


まじまじと自分自身、薄茶色の毛並みのうさぎを見つめていると、コンコン、と響きの良いノック2回のち、カチャリと扉が開いた。よりによって扉のすぐ手前に佇んでいた宇佐美は、まずい、と逃げる隙もなく開けた主と目が合う。
(なんでこんな時間にこい・・ああそういや言ってた・・・ような)
記入漏れの書類があるから生徒会室に居とけ、だとか何とか。うたた寝する少し前に、クソ風紀から電話がかかってきて顰めっ面をしたのは、記憶に新しい。

「・・・・・・・・・うさぎ?」

凄まじく男前、俺よりも男前なのではないか、とう思ってしまうほどに、日本男子の造形美を持つ風紀委員長は美しい顔立ちをしていた。少しばかり日に焼けた程度の宇佐美よりもずっと、程よい浅黒い肌に、藍色混じりの黒髪。切れ長の漆黒の瞳と、目元の黒子がエロいと評判だった。

「・・へえ。けっこう、可愛いな」
当の委員長は宇佐美の前にしゃがみ込むと、触れるより先に感嘆の言葉を口にした。そっと感想を伝えるその奥ゆかしさというか、まるで女子高生のようにいきなり触れない辺りが、非常に彼らしい。

「触っていいか?」

そうして、ふっと、うさぎに微笑みかける。
蕩けるような優しい笑みで。

いつもであれば、宇佐美に訝しげな視線を送るだけのこの男が、今こうして、宇佐美に対して微笑みかけている状況というのは、中々に新鮮な部分がある。
というのも、宇佐美は風紀委員長に出会う度に、『よお、クソ風紀。美しいお顔は今日も健在だな』とナメクジを見るかのように顎を突き上げて話してしまうからだ。その日初めて会った男にそんなことをされては、比較的温厚は風紀委員長でも嫌な顔にもなってしまう。一方的に宇佐美が嫌っているといえばその通りなのだが、どうしても、高圧的に睨むことをやめられなかった。

返事をするでもなく、まじまじと男を見つめていると、風紀委員長の手が壊れ物を触るように、宇佐美に触れる。つん、とした毛の先から、体温が感じられる表皮近くまで柔く身体を撫でたあと、人差し指の腹で頭を撫でてきた。心地が良い。まるで、どこに触られるのが嬉しいのか、知っているかのように、風紀は宇佐美に触れる。
ただ離れることが名残惜しく、もっっと撫でてくれ。そう言うかのように、大人しく風紀を見上げていると、その気持が伝わったのか。風紀は一層、見たこともないような顔で破顔して、こう言った。

「・・可愛いやつだなお前、・・俺の部屋、来るか?」

学校一の、宇佐美を継ぐほどの美丈夫だが、今まで風紀に誘われたという話は聞いたこともない。
謎の初めてを頂いてしまった宇佐美は、まあ悪いようにされないだろうし、いいだろうと、たし、と風紀の手を毛に包まれた柔い脚で叩いたのだった。





それから風紀の部屋で過ごした時間は、たったの一日だというのに、忘れがたいものになった。
シンプルにまとめられた家具の中のひとつである、大きめのソファと、暖かさを感じるブランケットを俺の寝床としてあてがわれて。ソファの上で、風紀と並んで座る。新発見もしばしば見受けられた。

「そうだな・・・名前が無いのも、呼びにくいもんだし、・・・お前の名前、グレイでいいんじゃないか?その灰色の瞳、・・俺は好きでな」
「・・・(おお、こいつ結構語るタイプか)」
「俺のことは青李(あおい)でいい」
「・・(お前アオイって名前だったのか・・)」

お前が外部生として編入してきた中等部からの付き合いだというのに、そういや、風紀、お前のことはなんにも知らなかった。

悪かったとばかりに宇佐美が身を寄せれば、青李は宇佐美をひょいと抱きかかえた。背に触れる上腕二頭筋はしっかりと固く、風紀委員長たる所以を物語っている。もともと格闘技が得意だったらしく、今も、そして将来もその腕を生かした職に就くのだという。余り感情の起伏が無いタイプだとか、兄が一人いて、実家ではシェパードを飼っているのだとか。お前らしく似合う犬種だな、と心の中で言うより前に、せめて柴犬とか、可愛らしい犬種が良かったと言われた。知るか。お前が可愛いもの好きなら、親衛隊でも愛でてりゃいいだろうが。俺が似合うっつってんだからいいだろうが。
知らなかった青李の話を聞く度に、なんとはなく、申し訳ない気分になる。理不尽な視線を送っていた自分の小ささに、元に戻ったら謝ろうという気さえ起こってきた。絶対に謝らないが、気持ちだけ。

温度に触れて、初めて知るジェラシーを燃やしていた相手の素顔に、そこはかとなく、自分が青李の何に対抗意識を燃やしていたのか疑問に思った。
顔もそうだ、俺が欲しかった、野性的な顔立ち。かっこいいと噂されることは日常茶飯事だが、生憎、宇佐美は青李と並んだ時は男前と言われることは無かった。
そして性格、物腰柔らかく、それでいて男らしい。文句のつけようがない。

上げれば、キリがない。
欲しい物だらけだ。こいつのことなんて。


「・・なあ、グレイ」

逸らせないような呼び方で、宇佐美を呼ぶ青李に、宇佐美はそっと顔を上げる。名と認識していることが嬉しいのか、ひとつ笑いを零したあとに、青李は顔を近づけてきた。

垂れた眉と、顰める様な、眉間。緩やかな口元は、言わずしてやめた言葉を、永遠に唇に孕むように、笑んでいる。
視界いっぱいに映るその青李の顔は、見たこともない表情で、宇佐美に聞いたこともない心臓の音を響かせた。
ああ、なんでこんなやつに。見とれて、しまうのだろう。

「ほんとうに可愛いやつだな・・・好きだぞ、その、目も。毛も」

―――愛おしくて、たまらない。

聞こえていなくても、十分にわかってしまった。





翌日の朝、結局青李のベッドで寝てしまっていたらしい宇佐美は、自分が元に戻っていることに気がついた。
慌てて抜けだして、なぜだかきちんと纏われている制服のまま、青李が起きないうちに、すぐ隣の生徒会長の部屋に戻った。

風呂に入って服を着替え直したあと、いつものように登校する。
普段通り、授業を軽く受けて、ぶらりと校内新聞やら張り紙チェックしつつ、生徒会室の前に来た。
中に入るとまだ誰もいない、全く、同じ状況だ。このまま、うたた寝すればうさぎにでもなれるのか、なんて心のなかで笑いつつ、宇佐美は書類を漁る。

暫く執務を続けていると、コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。昨日と、同じ時刻。
きっと一緒にベッドで横になった美丈夫だ。あれだけ愛おしいのだ、と、あまいあまい顔を見せた男が、宇佐美がうさぎになっていた為に、昨日提出しきれなかった書類を持って来たのだろう。

「入れ」

入室許可を促すと、扉が開かれる。
朝、見た顔、そのまま。夢で、あったわけではないのだ。
だって宇佐美は知っている。この男の、人となりを。

「悪いな、昨日来ても居なかったもんでな」
「いや、・・・こっちこそ、悪かった」
「・・・・?・・お前が謝るなんてどうした、何か食べたのか?」
「ハァ?」
「だってクソ風紀も言わねえなんて、・・珍しいな」

そりゃ、お前のこと知ってりゃ、クソ風紀、クソ風紀、なんて言えるわけねえだろ。とはそれこそ言えない。
宇佐美は挑発するような、慣れた返答を返した挙句、慌てて口を開いた。

「うるせえな、暴言ばっかじゃ、ダメだっつってたんだよ」
「・・・誰がだ?」

きょと、と視線が交わる。う、と言葉に詰まって、まじまじと青李の顔を見るハメになった宇佐美は、口元を抑え、視線を逸らしながら呟いた。

「・・・・う、さぎ、・・が、」

宇佐美の言葉を聞いて、青李はすっと顔を近づけて、興味津々という声で宇佐美に尋ねて来た。

「お前、うさぎ飼ってるのか・・!」
「いや、まあ・・・・その、だな、」
「やっぱお前のなんだな、昨日の」

そう言って青李は優しげに笑う。
何の墓穴か、うさぎが現実であった事を、自ら裏付けてしまった。

しかし宇佐美の心情はそれどころではない。口元を隠したのは、赤面を見られたくないからで。

(ドクドクと、跳ねる。)
(何だよこれ。何でこんなに、心臓がうるせえんだよ。)

「今度良かったら見せてくれないか、宇佐美」

顔を逸らしていたからか、手持ち無沙汰だった顔を隠していない方の手を取られて告げられ、宇佐美はそういうのダメだろ、と言葉を抑え、ああ、気が向いたらな、と青李に曖昧な返事を返したのだった。



(俺がうさぎだ、気づけこのバカ)



===



\Happy Birthday 永瀬 !/

いつもお世話になっている永瀬さんが6/5にお誕生日だということで、リクエスト、うさぎな会長でしたv
これからも末永くよろしくお願いします〜!愛してるぞ〜!!

2016.0611 terarium カイ








   (prev) / (next)    

 wahs

 top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -