WENT DOWN UNDER COVER 2








: WENT DOWN UNDER COVER 2


あれから数日が経った。食事に洗濯は他のもの達がやるから心配無いと、組員から須郷に渡されたのは経理やPCを使った処理作業だった。なんでも雑用を任されている男が数字や機会にめっぽう疎いらしく、初めはその男の手伝いとしてはじめたものの、生徒会長として無駄に事務作業に慣れてしまっていたため、余りにも早い須郷の作業ペースに感動した組員たちから諸々を押し付けられた。借金のカタとして売られようとしていた俺にこんなに大事そうなものを任せてもいいのだろうか、と内心では思っていたのだが、若頭である清羅が仕事に関しては真面目な男だ、信頼している、との言葉を置いたために、組員たちは何ら心配はしていないようだった。ただ一人、いま須郷の後ろで腕を組んでいる男を除いては。

「・・・・」

視線を感じる、それも突き刺さるような。

景虎と呼ばれたその男は、清羅の兄貴分であり、右腕であるらしい。自己紹介の時から訝しげな目で、ずっと、ずっとだ。観察されている。

「・・・何か、用がお有りでしょうか」
「いいや、無い」

幾度と無く気まずさに包まれた空間を体験してきたことのある須郷だが、こう何時間も手元を見られているのは流石に辛いものがある、と、見るのはやめてくれませんかと拒否の口を開こうとしたその時、丁度同じように景虎が動いた。

「やっぱり早いな。頭が良いっつうのは、本当らしい」
「・・・?」
「今後お前にそっち系の仕事は全部任せる」
「・・・は?」

呆けた声が口から飛び出して、慌てて須郷は口を抑えた。
まじまじと景虎を見てみても、冗談を言っているようには思えない顔をしている。

「なんで、って顔だな」

ふっと強面を和らげて、景虎は笑う。

「あなたは俺が不正を働くかもしれないと、そう思わないんですか」
「まさか。思っちゃいたさ。でもそんな素振り、一つも見せねえだろう」

何より・・・と、続けようとして、景虎ははたと口を止める。今こいつにこの事を伝えても、清羅に咎められるだけだろう。面倒事は極力避けたい。

「それに、清羅が信じていると口にしたってことは、そういうことだ」

須郷に伝えられているであろう情報をそのまま繰り返して、景虎はこの場をやり過ごすことにした。それを聞いた須郷はしばし考える仕草をした後に、・・そう、ですかとむず痒そうに頷いた。言う気がないのと。清羅の言葉の影響力どちらだろうかとでも迷っているのだ。須郷はほんとうに聡い男である。自分の振る舞いや口の回し方を清羅に合わせると共に、相手にとって不足のない態度で接してくる。逆らえない度胸がないわけじゃない。無意味は争いは行わないのだ。

面倒事をのらりくらりと避けることが可能な、高等な男。
しかしどれだけこの男の頭が良かろうと、避けることの出来ぬ闇は存在している。

景虎は思わず眉間に皺を寄せて、須郷を哀れんだ。

しかし当の須郷はというと、逆に裏切れば許さないと言っているのだと考えたらしく、真剣な面持ちで景虎を見つめ返していた。
もちろん先代から預かった清羅のことを大切には思っているが。実際のところ、今この瞬間に、その意図があったわけじゃない。

「あいつを、俺は裏切りませんよ」

少しでも懸念が晴れればいいと、須郷は景虎が最も求めていそうな言葉を吐く。今の自分にそんなに説得力がないことぐらい十分に承知しているというのに、須郷という男は正直者だ。
景虎は須郷の瞳をじっと見据える。鳶色によりも深い、焦げ茶色の混じりけのない瞳が、余計に真っ直ぐな想いだと景虎に伝えてくる。

――だからこそ、だ。

「・・・それならいい」


ポツリと言葉を返してから、顔を顰めた儘景虎は部屋を後にした。






そのまま仕事を続けていると、突然扉が開いて、組員である強面の男に腕を思い切り握られ連れてこられたのは日本家屋には似つかわしくないソファのある部屋だった。突然何なんなんだと訝しげな顔で見回すと、兵藤組の幹部が揃っており。部屋の角には黒蜜色をしたブリティッシュのショーケースが置かれ、中には酒瓶がひとつと、小さな花瓶に挿されたコスモスが咲いている。

「おら、座れ」

部屋の中央に腰掛けるのは若頭、ことこの日本家屋の支配者である清羅だった。スーツを身にまとった普段の表情からは考えもつかない重厚な雰囲気に、須郷はゴクリと息を呑む。
眉に口元を緩やかに上げて、不敵な笑みを浮かべているものの、眼光は鋭く、下手な動作をすればすぐに指摘されてしまいそうなほど、部屋に居る人間は皆清羅からの視線を感じている。誰も気を抜いた素振りはしなかった。ついさっきまで軽く話していた幹部の一人も、笑顔が嘘のように、冷たい眼差しで須郷を見ている。それもこれも、若頭の存在感からなのか。清羅が兵藤組の中じゃ最も実力がある、ということは、組員の話を聞いて知っていたものの、改めて支配された人間の形を見ていると、おぞましいと、感じてしまうのも仕方が無いだろう。

座れと言われたものの、どこに座ればいいんだよ、と思い至ったのは畳の上だった。片膝をついて、清羅をまるで王に忠誠を誓う騎士のように見上げると、須郷に視線を移した清羅は口を開いた。

「・・・・・仕事には慣れたか?」

若頭という立場での、質問だ。
振る舞いの一つなのだと判断して、負債を負い、兵藤組に飼われた須郷は、重い空気の中凛とした声で言い放つ。

「ええ、若頭のおかげで」

人前での清羅の呼び方に暫し迷う。大体は若頭と読んでいるのだが、こういう時、もっと敬意を現したほうがいいのか?そんな須郷の心を見透かしていたのか、清羅は笑った。

「お前は清羅でいい」

少しばかり表情を和らげて、清羅は須郷だけに、特別に名を呼ばせる。もとより兄貴分であった景虎とは違う。須郷はつい最近兵藤組に飼われたばかりの、いわば下っ端に等しい。新参者のはずなのに、須郷が贔屓される理由、それは――。

「なァ正宗、お前、もう一つ仕事があること、覚えてるか」

紫煙を揺らめかせて、清羅は笑う。この世の悪をそこに貼り付けたような、真っ黒で仕立ての良い、上品なスーツと、黒髪ばかりが存在する、この組では特徴的な清羅の鳶色の髪よりも幾許か淡いヘーゼルの眼光が須郷を射抜く。

「・・・・・もう一つの仕事、とは何でしょう」

須郷がまじまじと清羅を見上げながら問いかける。
清羅は須郷を見据えたまま、顔を近づけて、甘く囁いた。

「俺の、性欲処理をする仕事だ」

その言葉を聞いて、須郷はぶるりと背筋から震えた。色気をたっぷりと含ませて、若頭、いや組長と呼ぶにふさわしい清羅のタバコを咥えただけのニヒルな表情に久方ぶりにーー怯えるということを、思い出したのだ。逃げている時も付かず離れずと身に迫っていた筈の感情だったが、状況ではなく、人に怯えた経験は、随分と前に一度あったぐらいのものだった。

自分は感情を殺すことができる。親の言うことなら心の中とは全く違う方へと顔色をまるっきり変えて、技術を重ねに重ねた俳優ばりに名演技をすることだってできる。それなのに。

恐怖という感情は、こうも人を無力にさせるのか。

見開かれた須郷の瞳に、獲物を捉える鷹の様に、清羅は視線を交わらせる。
心情と心情の攻防戦である。勿論、はじめから須郷に勝利の舞台は用意されてはいない。



「そうだなァ、手始めに、しゃぶれよ」

―――突き落とす、言葉。


見下す男の笑みは、酷く真っ黒に汚れている。
喩えこれが茶番であろうと、世界の頂点で生きてきた男に、男を男と見做さない汚濁した行為は、屈辱以外の何物でも無かった。


堪えろ、と必死で自分に言い聞かせる。つい漏れそうに飛び出してしまいそうな言葉の鈴を頭の中で反響させて、しかし声には出すまいと唇を噛みしめると、それをNOと取ったのか、清羅が須郷の透き通った黒髪を鷲掴む。

「・・・その顔・・・溜まんねェよなあ、」

痛みを訴える頭皮に自然と目尻から涙が浮かぶ。粒程ではなく、うっすらと、瞳に膜を張る程度の、相手を煽る抵抗の湧水に、うっとりと、清羅は欲情塗れの声で囁きながら、須郷の髪を親指で二度撫でる。

「・・・(やれば、いいんだろう)」

生唾を飲み込んで、覚悟を決めた須郷は身体を清羅に近づけて、横暴に開かれた両足の間ーー舐めるべき物が存在する場所に手を伸ばす。穴という穴からいやな汗が出る。おかげで手がもたついて、上手く清羅のベルトを外すことができない。

「怯えちまって、可愛いなァ」

くつくつと低い笑いを漏らして清羅は須郷の頭をなでつつ、ほら、こうやんだよ、と左手でそっと須郷の手助けをする。ベルトがうまく外れたところで、須郷は一度深呼吸をしてからスラックスの前を寛げて、ボクサーパンツから萎えたそれを取り出す。

「男のモンを舐めた経験は?」

(わざわざ、んなこと聞くんじゃねえよ)

「・・・・無い」

苦々しげに返すと、じゃあ俺が初めてだなァと、初めてを強調して、清羅は笑った。

舌を這わせると、性器特有の色事の匂いが鼻につく。きっと清羅なりに風呂に入ってからだとか、配慮はしてくれているのだろうけれどそんなものは理屈では庇いきれない。仕方の無い、現象だと須郷は何度も言い聞かせて、這わせていた舌に唾液を絡ませて、ぬめる表面を清羅の陰茎に擦りつけながら息を吐く。舌を突き出すと、自然と唾液が増えてしまい、舐めていないところがないように、とまるで須郷の唾液でコーティングするかのように、ぺろぺろと舐め続ける。光景こそ淫靡であるもの、犬の様な須郷の必死さに、笑いを堪え切れなかったらしい清羅が、笑いを堪え切れずふふっと吹き出した。

「アイスキャンディーじゃねえんだぞ」

似つかわしくない可愛らしい台詞を吐いて、強いている行為に反して優しく頭を撫でる。
そんな茶化しに苛ついた須郷は、かぷりと奥まで陰茎を咥え、清羅を睨み上げる。

「・・・・・・逆効果だ、」

清羅は左の口角をグイっと上げて嬉しそうに呟く。頂点においていた手のひらを後頭部に動かして、固定してやると、後ろを塞がれ逃げられなくなった須郷の瞳の膜が強くなる。見開かれた焦げ茶色の鮮やかな虹彩がどんどん、滲んでいく。

「ほらしっかり咥えろよ」
「ん゛っ・・・・!・・・、」
「く、はは、・・ヘッタクソだが・・・、その分、調教しがいがある」

憎々しげに睨み上げられることの愉悦感といったら。

抜こうと頭を引く須郷の上顎に勃ってきた自身を擦り付けて、後頭部の手とともにグリグリと須郷で遊んでいると、唸り声を上げられる。それもその筈、なんたって会長様は男にフェラをするのは初めてなのだから、いくら、清羅との仲が近かろうと、生理的な涙と、鋭くなる目つきは抑えることが出来ないようだ。


「、フ、・・・っゥ゛、ン゛、ッ・・・ッ」

時折ヒュっと勢い良く息を吸う音が聞こえていたかと思えば、須郷の顔が、僅かながら憂いを帯びているではないか。
まさかな、と思いながらも、清羅はぎゅうと己の太もも辺りの布を握り締める手を見て、眉間に皺を寄せ、思わずニヒルな笑みを浮かべた。

「・・・絵面がサイコーだなァ・・・、その良い顔、もっと見せてくれよ、なァ?」

ホロリと落ちる灰を追うことすら、勿体無い。
灰皿に無造作に燻ぶる筒紙を投げて、須郷の喉に随分と大きく成長した陰茎を小刻みに打ち付ける。

「ン゛ッ・・・、ン、っ、!・・、」

咥えるどころか、ただ口を開けているだけのサイズ感に、須郷の形の良い唇から涎が垂れる。喉奥から内臓へと滴り落ちる清羅の先走りの量も、飲みたくないのに、飲まずにはいられないほどで、本格的に視界が滲み初めて漸く、清羅が助けの言葉を口にした。―――いや、これは、・・・崖の底への、誘惑か。


「・・・出すぞ、・・・しっかり飲めよ、正宗」
「!?・・・っ、んんン゛ッ・・・んっ!!!、げっほ、ぁ、」

清羅は須郷の後頭部をがしりと握り、喉奥に打ち付けた凶器から白濁とした体液を須郷の口内に注ぎこむ。むせ返る独特の、雄の匂い。苦しい上に、生理的な吐き気を抑えて、ごくりと汚れた苦薬を飲み込んだ。須郷はずるりと陰茎が口から離れていったあとも、げほげほと噎せてしまいその衝動かとうとう、瞳の雫が床に落ちた。

「あァ・・・・見込んだ通りだ」

クツクツと低い笑いが部屋に響き渡る。

「ふ、ざけんな・・・・・・ッ・・・!!!」

とうとう怒りを抑えることの出来なかった須郷は、ギロリと鬼の形相で清羅に怒号を飛ばす。
その振る舞いも、勿論、清羅には計算通りだった。

(堕として、墜として、・・・逃げ場の無い闇の中に、引きずり込んで)
(呼吸をするような、ほんの些細な部分から)


「その反抗的な態度も・・・、ちょっとばかし気にくわねェがなァ、」

「初めはそんなモンのほうが、燃えるってもんだ・・・ゆっくり時間をかけて、」




「・・・俺の色に、・・染めてやるよ」



(ドロドロになるまで、その身を、喰らい尽くしてやろう)

顎を持ち上げ、対峙する鷹の瞳と、抗う、騎士の様。
この時ばかりは、須郷は、理性よりも感情に任せて、清羅の首元を掴み上げ鼻先を突き合わせる。


――幹部全員があの光景を見ていた。そう思うと、義務的な感情が芽生えて幾分か心が軽くなる、反面、羞恥で喉が焼け爛れそうだった。






「本当に、すまねえ」


誰も居ない浴室で、誰も二人の関係を知ることの出来ない場所で、須郷は清羅から、美しいほどの肉体美が九十度に折り曲がる深々とした謝罪を受けた。あの時、睨み付けた視線は本当のもので、イロになる、話は事前に聞いていたもの、演じきることができなかった須郷が悪いといえばそうなのだが、当の清羅は悪かったの一点張りで、須郷に別にいい、との言葉を変えさせてくれず困ってしまう。

仕方が、無いことなのだ。

手っ取り早く信じさせるには非常に良い方法であったと、確かに思う。
曖昧な行動じゃ、疑念はいつか抱かれる。その可能性を根本から払拭する、あの行為に感情的になることはあっても、須郷の理性は正しかったと判断している。
ただの友人である己には勿体無い程の名演技だ。

「・・・別にいい、清羅。そう謝るな・・俺こそ、感情的になって、悪かった」

上手い方向へ転ばせたのは、清羅の手腕だ。流石、組を統べるものとして、器がでかい。

「つうかそもそも、俺なんかがお前の舐めるっていうだけで、お前に申し訳が立たねえっつうのに、」

「・・・・マサ、」

焦りたくっていた顔が漸く、心配を孕ませるだけの普通の表情に戻る。清羅のあんな、闇のある表情でなく、温室のベンチに二人で腰掛けて居た時の、今その透き通ったその顔が、何より好きだった。だからせめて、二人で居る時は笑ってくれているといい。

「だから気にすんな。俺はいつだってお前に助けられてんだ、ありがとな」
「・・・なら、良かった。お前に嫌われちまったらどうしようかと思った、」
「大げさだな、お前を嫌う日なんて、来るわけねえだろ、清羅」
「・・・俺もだ、マサ」

来た当初、須郷が清羅にされたように、頬をくすぐってやると、少しばかり眉を下げたまま、清羅は答え、思い出したように、ああ、もう一つ謝りたかったんだが、と言葉を続けた。須郷がどうしたのだろうかときょとんと清羅を見ていると、また申し訳なさそうで話し始める。

「・・・上顎、攻めちまって悪かったな。弱いって知らなかっ、・・・いてえよ、・・・正宗」
「その事には触れるな」

顔を引きつらせた須郷はぺちん、と咎めるように優しく清羅の頬を叩いたのだった。








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