七尾 莱様より*ジギタリスの愛を暴かせて3





 雨竜がいなくなって、しんと静まり返った室内。
 一体どういう構造になっているのかは知らないが、話す相手がいなくなった途端に脳みそというのは余計なことを掘り起こそうとしてくるもので。それを勢いよく振り払ってから、先ほど得たばかりの情報を頭の中で順序よく一つ一つ整理をしていく。纏めて思い出してしまったら、こんがらがってしまいそうだ。

 白いカーテンに仕切られた空間にちらりと視線をやる。
 今、頭を占めている大半は当然のことながら、今頃奥のベッドで夢の世界へ飛び立っているであろう幼馴染について、だ。

 起こしてしまったら申し訳ないと思い、音を立てずに近づいて、そっと中の様子を伺ってみる。カーテンがシャッと高めの音を立てて動いたが、深い眠りについているのか、全く起きる気配のない疾風の様子にほっと安堵の息を吐き出した。
 そのまま、ベッドへと忍び足で近づけば、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。
 上から顔を覗き込むと目を開いている時よりもずっと幼い表情で眠りにつく幼馴染の姿がそこにはあった。

 見飽きる程に見てきた寝顔だ。今更どうのこうの思うことはない。思うことはない、のだが。

 疾風が起きないように軽くその頬に触れれば、疾風はまるで猫のように俺の手のひらにすり寄ってきて。その動作の影響でハラリと耳に掛かっていた髪の毛が頬へと落ちた。「ん」と甘えるような声が薄い唇の隙間から吐き出されて、脳髄に痺れるような感覚が走った。

 ―――好きなヤツを追いかけてきた―――

 さらにそこへ追い打ちを掛けるように、ここぞとばかりに先ほど聞いたばかりの雨竜の声がよみがえる。

 俺がこの学園にきてからたったの一月。そんな短い期間で、疾風はまるで俺のあとを追うように転入を果たした。
 理由は教えてもらえなかったけれど、疾風がここに転入したのが偶然の産物じゃないことぐらいは流石に分かる。
 もしも雨竜のあの言葉が本当のことであれば、その相手は恐らく俺だろうとも、思う。だけれど、確信はない。もしかしたら雨竜の言葉が嘘だっていう可能性だってある。

 そもそもとして、どれだけこっちが勝手に色々と考えたところで、その答えを知るのは、結局は疾風本人だけなのだ。
 他人から聞いた情報をあてにして、変に期待して、落胆するぐらいなら、最初から期待なんてしないほうがいい。そんなことは分かっている。だけれど―――

 ぼんやりと宙を彷徨っていた視線を疾風へと向ける。
 こっちが悶々と考えている間にも当人は、気持ちよさげにすやすやと夢の中ときたもんだ。

「ったく、こっちの気持ちも知らないで気持ちよさそうに寝やがって」

 口は半開きになっているし、せっかく掛けてやった毛布はまるで抱き枕のように疾風の腕と脚でホールドされている。
 大きく開いた体操服の襟もとからはくっきりとした鎖骨が覗いていて、ハーフパンツは少しめくれて太腿辺りまでを露出させている。

 こんな光景はいつものことだ。この学園に来る前から、疾風はあんまりにも俺の前では無防備で。それが、信頼の証なのだと思うと嬉しくもある反面、なんだか憎らしくもある。
 きっと俺以外には見せない姿。だからこそ、勘違いだってしてしまいそうになってしまう。

「あんま無防備になるな。襲いたくなっちまうだろうが、バカ」

 どうか俺相手に安心なんてしないでくれ。これ以上、無防備な姿なんて晒さないでくれ。
 期待、させないでくれ。頼むから、思わせぶりな態度なんて、取らないでくれ。

「…………なんで追いかけてきたんだよ」

 実らせるつもりなんて更々なかったのだ。願わくば、これから先も今の関係がずっと続いてくれたら、それでいい。それだけで、いいと、そう思っていたのに。

 怖かったんだ。自分の手で、この心地よい関係を崩すのが。
 傍にいれるだけで満足だなんて、並べたてたいのは、そんな綺麗事じゃない。実際に、俺は今の疾風との関係に満足なんて全然出来ていない。
 本音を言うのであれば触りたいと思う。触ってほしいとも思う。恋人として愛したいし、愛してほしいとさえ、思っている。
 それでも、そんな想いを伝えてしまえば、最後。
 傍にいることさえ、許されなくなってしまうかもしれない。
 もう2度と、顔を見ることさえ出来なくなってしまうかもしれない。
 そんなこと、想像しただけで、身体が震え上がるほどに怖い。言葉になんて言い表せないぐらいに、それは怖いことなのだ。

 大切なものを失うぐらいならば、そもそも挑戦なんてしたくない。

 だから、期待はしない。想いを伝えようとも思わない。恋人になりたいとも、思わない。ずっとそうやって想いを殺して疾風の隣にい続けた。

 だのに、こんな期待させるような行動ばかり取られては、手を伸ばしたくもなってしまうじゃあ、ないか。想いを吐き出してしまいたく、なってしまうじゃあ、ないか。

 所詮どれだけ、外面で冷静を装っていても、内側に秘めた想いが変わることなんてないのだから。

「……好きなんだよ」

 ぽろり、ぽろり、と。喉を振るわせて、喘ぐように唇から零れ落ちたのはその想い。
 いつから抱いていたのかももう忘れてしまった。それぐらいに、長い年月を共にしてきた感情を、眠る彼の上にそっと置いた。

 伝わらなくていい。
 知らなくていい。
 気づかなくって、いい。

 そうは思うのに。それでも、どうやったって、抑え切れずに、伝えたくなってしまうことも、たまにある。
 そんな時にはいつだって、こうして、気づかれないように、小さな声で想いの丈を吐き出すのだ。

 ―――意識のない相手にしか伝えられないだなんて、とんだ臆病者だな。
 そんなことはわかっているさ。

 誰に答えるわけでもなく、心の中で問答を繰り返す。

 ぐっと、眉と眉の間に力が入って、視界は狭まる。
 そんな狭まった視界の中で、不意に疾風の頬に添えていた手のひらに、俺ではない、他の誰かの手が重なった。―――否、他の誰か、なんて。そんなの、一人しか、いない。

「なぁ、瑞希」

 先ほどまで寝息を立てていたその唇の隙間から、吐き出されたのが自分の名前であると自覚するのに、少し、時間が掛かった。

「いい加減、まどろっこしいのはやめにしねぇか?」
「……っ、」
 
 一体、いつから起きていたのだろう。
 瞼の下に隠れていた、黒曜石の瞳がじいっと、こちらを見つめていた。





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