はじまりときっかけ

始まりは色。
あの鮮やかで綺麗な青が目に焼きついて離れなかった。


「不死鳥?」
「おう、ゾオン系の幻獣種で、悪魔の実の中でも希少なやつだ」
「へぇ……」
初めて見た美しい青い鳥。
その正体はまだ言葉を交わしたこともない同じ年頃の少年だった。
「綺麗だったろ?」
「ああ」
「青い炎ってのが神秘的だな」
青い炎……。
確かにあの炎は綺麗だった。
海とも空とも違う、輝き。
それでいてそれらと反発することなく、溶け合う色。
けれど、それ以上に綺麗な“青”を見た。



「よお」
甲板の隅で本を読みふけてっているそいつに声をかける。
「何読んでるんだ?」
「……」
「あれ、聞こえてる?何読んでんだ?」
俺の問いかけに、無言で本の背表紙を見せる。
「『グランドラインにおける特殊海流とその理由の解明』?難しいの読んでんだな」
「……」
話しかけても反応が無い。
俺の存在など全く気にもせず、本を読み続けている。
本の背表紙を見せてくれてはいるわけだから、無視とは違うのかもしれない。
おそらく本に集中したいのだろう。
仕方なくその場を立ち去った。

……名前くらい聞いておくんだったな。
後からそう思った。
不死鳥のことを聞いたときも肝心の名前は聞いていなかった。
間近にいたのに、あの“青”も見そびれた。
隊長に命じられた甲板掃除をしながら考えていると、ふと影が見えて空を見上げた。
大きな鳥が頭上を飛んでいる。
鳥を見ながら、あの炎の鳥を思い出す。
俺の見たかった“青”
それはあの青い炎じゃなくて、もっと小さい、けれど強い輝きを秘めたもの。

あの“青い目”だ。

姿が戻る瞬間、あいつの目を見た。
視線が合うことはなかったけれども、見えたその目は澄み切った美しい青色をしていて、思わず目を奪われた。
すぐに後を向いてしまい、ほんの一瞬しか見えなかったけれど、それで十分だった。
気づいた頃にはあいつを目で追っていて、その姿が見えた瞬間胸が高鳴り、ほんの少しの仕草に心が躍るのだった。
あの時かけた声は震えてはいなかっただろうか。
おかしいやつだと思われていたのではないだろうか。
どうしようもない不安が胸を襲う。
勇気を出してもう一度声をかけてみようと思ったけれども、あれから姿は見かけても隊は違うし、なんだか怖くなって、声をかける機会はどんどん失われていった。
まだ一方的な想いを持て余していた頃の話。



きっかけは匂い。
自分好みの甘ったるい匂いが鼻を掠めた。


「ちょっと冷えるねい」
体を擦りながら、書庫へと向かう。
なんだか目が冴えてしまったので、本でも読みながら朝を迎えようと思った。
ふわっ……。
「ん?」
ゆるやかな潮風と共に甘い香りが漂う。
食堂からだ。
こんな真夜中に誰かいるのか?
そっと扉を開けて中に侵入すると、やはり誰かいる。
気配を殺し、ゆっくり近づけば、いつかの少年がいた。
なにやら紙切れを見ながら手元のボウルをかき回している。
周りにはいかにも美味しそうなお菓子類が並んでいて、それらは作りたてのように見えた。
チン、と小気味いい音が鳴る。
するとそいつはボウルを置き、オーブンへと歩み寄る。
扉が開けられ、中から美味そうな香ばしい匂いと共にこんがりと焼けたケーキが現れる。
カタンッ。
足元に何か当たり、はっとして下を見ると空の酒瓶が転がっていた。
しまったと思い、そいつの方に顔を向ければ驚いたような顔が見えた。
「お前……」
「何してるんだよい」
覗いていたのがばれて決まりが悪くなり、先に質問をした。
「え?あっ、ちょっと練習を……」
「練習?」
聞けば料理が好きで、それもお菓子を作るのが一番好きらしい。
コックに頼んで邪魔にならない時間帯なら、キッチンを使ってもいいと許可を得たそうだ。
「これ、お前が全部作ったのかよい」
「うん。でも美味いかはわかんない。コックのおっさんはレシピ教えてくんねぇし、本とか見て自分でやってっから」
パクッ。
「あっ!」
お菓子の中の一つをつまんで口に入れた俺に、声を上げる。
「……美味いよい」
「本当か!」
途端に嬉しそうな声を上げる。
「ああ、びっくりするくらい美味いよい」
本を見たと言えども、ここまで作れるのはすごいと素直に思った。
「そっかあ」
満面の笑みが広がる。
その様子を眺めていると、その顔が急に真剣な色を浮かべた。
その変貌ぶりに少し身を硬くする。
「名前、教えてくれねぇ?」
「は?」
予想外の言葉に変な声が漏れる。
「だから名前!あっ、俺はサッチ」
そう言って、また笑みを広げる。
その様子にあっけにとられながらも自分も名前を告げた。
「俺はマルコだよい」
「マルコか。よろしくな!」
「……ああ、よろしく」
眩しいくらいの笑顔につられるように応えた。
二人の仲が進むきっかけになった出来事。



綺麗な青が滲んだ。

匂いに抱きしめられた。


人気のない書庫に佇む二つの影。
静かな空間に声が響く。
「……大丈夫だ、マルコ」
「……サッチ」
仲間が死んだ。
危険の多い海ではそんなもの珍しくない。
志を同じくするものが増えていくのと同じで、その数は減ったりもする。
今回も同じ。
海上で戦闘となり、幾人かが死んでいった。
ただ、その中に一番隊のものがいて、それがマルコのよく知る人物だったということ。
大丈夫、なわけがない。
それでもそう言って、抱きしめることしか出来なかった。
見惚れた青い目が今は涙で滲んでいる。
止めどなく流れる涙。
自分の好きな目が悲しみの色を浮かべている。
それなのに、抱きしめてやることしか出来ない自分が悔しかった。

親しい人が亡くなった。
彼は強かったのに、まだ弱い自分がなぜ生きているのだろうか。
仲間が死んでいくのは何度も見てきたけれど、近しい人が死んで涙が止まらなかった。
「……落ち着いたか」
「ああ……」
泣いている俺を見つけて、サッチは何も言わずに俺を抱きしめた。
そして“大丈夫だ”と言われる。
気休めでしかない言葉だけれど、それでもそれは温かかった。
染み付いた甘い匂いがする。
そしてそれとは違う、サッチ自身の匂い。
甘くはないけれど、どこか落ち着く匂いが俺を包み込み、いつしか涙は消えていた。
悲しみが完全に拭えたわけではないけれど、それでも与えられた安心は辛い悲しみを癒してくれた。
体に回されていたサッチの腕がゆっくりと離れる。
それと同時に匂いも遠のいて、なぜだか満たされたはずの心がまたほんの少し寂しくなった。
きっとまだ立ち直るには時間がかかるのだろう。
「ありがとうよい、サッチ」
とりあえず、落ち着けてくれたサッチに礼を述べる。
「いや、泣き止んでよかった。……もう大丈夫か?」
「ああ」
もう大丈夫だ。
「そっか」
温かい手が俺の頭をやさしく撫でる。
浮かぶ優しい微笑に心臓が震えた。
どうしたというのだろうか。
「行こうか」
手が差し出される。
受け取った手はやっぱり温かくて、それでいてなんだか熱いような気がした。
悲しみに染まっていた心が、じわりじわりと熱を上げ始めた。
知らない間に縮まっていった距離。



「おい……おい……」

……ん?……温かい?

「……おい……マル、コ……」

誰かが呼んでる?

だれだ?


「おい、起きろよ、マルコ」
「ん……」
温かい手に揺すられて、マルコが目を開けると、眩しい笑顔が視界に入る。
「……サッチ」
「おっ、起きたな。もう朝だぜ。珍しいな」
サッチの笑う顔につれられて、マルコもその顔に微笑を浮かべる。
「ちょっと懐かしい夢を見てたんだよい」
「夢?そういや、俺も見たな」
「どんな夢だい?」
「マルコ教えろよ」
「サッチから教えろよい」
「お前が先に言ったんだろ?」
「それならサッチが先に見たんだろい?」
「ええ?それありか?」
「ありだよい。なぁ、教えろよい」
「恥ずかしいぜ?」
「それは俺もだよい」
「そうなのか?……なぁ、やっぱりマルコから教えろよ」
「何言ってんだい、お前からだろ」
「いいや、ここはお前から……って、これじゃきりがねぇな」
他愛ないやり取りに、またお互いの顔に笑みが浮かぶ。
そして、ふとその視線が絡まる。
「「マルコ(サッチ)に惚れたときの夢を見たんだ(よい)」」
いい終えて、二人で目を丸くする。
しばし沈黙が続き……
「ふっふふふ……」
「くくくくくっ……」
「「アハハハハハ!」」
二人して笑い出した。
「ははっ、俺たち仲いいな」
「全く、人の真似してんじゃねぇよい」
「俺のが見たのは先だって、真似したのはお前」
「どっちでもいいだろい」
「あっ、逃げたな」
くつくつとまだ笑いながら、サッチがマルコに問う。
「……ところで俺のどこに惚れたんだよ」
「サッチこそどこだよい」
「だから聞いてるのは俺……って、これじゃ同じことの繰り返しだな」
「だねい」
「……俺、お前のその目好きだぜ」
「目?」
「ああ、青くて澄み切ってて強い、でも時たま弱くなる、その目が好きだ」
サッチの指がゆっくりとマルコの目蓋をなぞり、さらにそこに唇を寄せた。
「……なら、俺は匂いだねい。甘い匂いもだけど、まるで陽だまりみたいな匂いがするよい。手も温かいねい」
マルコの体が傾き、サッチの胸元に顔を寄せた。
「平凡だな」
「俺にとっちゃ特別だよい」
「そりゃ光栄だな」
寄せられた体に腕を回し、サッチがマルコを抱き締める。
温かい感触と匂いがマルコを包み込む。
「……なぁ、サッチ」
マルコがおもむろに口を開く。
「なんだ?」
「もう少しだけ、眠らないかい?」
「仕事があるだろ?」
「ちょっとくらい平気だろい。後でやりゃいいんだよい」
「おいおい、大丈夫か?マルコ。お前がそんなこというなんて熱でもあるんじゃねぇか?」
「なら、別にいいよい」
「待てよ、嫌何て言ってないだろう」
「素直じゃないねい」
「それはお前も同じだろ。別にいいわけないくせに」
「うるさいねい」
「拗ねるなよ」
笑いながらマルコの横たわるベッドに身を滑り込ませる。
「……マルコ」
寝転ぶその耳元に声をかける。
「ん?」
「お休み」
「ああ、お休み」
愛しい匂いに包まれて、青い目が笑う。
今はもう重なった二つの想い。



亜樹さんに捧げます!

「サッチとマルコがお互いに惚れたきっかけのお話」
ということで書かせて頂きましたが、ちゃんと書けてるかな(^^;)
サッチは一目惚れで、マルコはじわじわと好きになっていったのかな、という妄想から。
CPの指定がなかったので、414という形にさせていただきました。
最終的に幸せそうな二人が書けたらな、と思い書かせていただきました。
こんなものでよろしければ、どうぞ受け取ってくださいませ。
可愛いアイコンありがとうございました★


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