良運を呼ぶ両運

サクサクと踏みしめる雪の音だけが聞こえる。
肌を刺すような冷気。
真冬の空気はこんなにも冷たい。
案の定、隣を歩く男の耳は真っ赤に染まっていた。
「どうした?」
「んーなんでもない」
年が明けて初めての外出。
コタツから出ようとしないマルコをせっついて初詣に行きたいと強請ったのは自分だ。
寒さのせいかマフラーに口までも埋めたマルコは手袋をしていながらコートのポケットに手を突っ込んでいる。
それが寂しいなぁと思う。
どうせなら手を繋ぎたかった。
けれどきっと寒く無くともこんな人目があるところでは手は繋いでもらえないだろう。
マルコは恥ずかしがり屋だから。
(それ以前に男同士だという問題もあるのだけど)
ついつい見つめてしまいがちになる自分を怪訝そうに見ながらもマルコはそれ以上声を掛けてはこなかった。
だがこの沈黙ですら居心地が良いと感じるのはきっと今が幸せだからだろう。
ずっとこんな風に隣が歩けたらよいと思う。
いいや、ずっと歩いていたい。
辿り着いた神社はやはり人が多かった。
人の隙間を縫うように道を進む。
人の波に流されそうになっているマルコの手を掴みかけたが思い直し、止めてしまった。
その代り、動く人ごみの中、迷惑を顧みず度々立ち止まっては追いついてくるのを待つ。

「置いていっても構いやしないのに。どうせ目的地は決まってるんだからよい」
辿り着いた手水舎でマルコが言う。
言いたいことはわかるがわかってないなぁと思う。
目的は決まっているがその過程だって大事なのだ。
何より大事なやつとは片時も離れたくないに決まっている。
マルコの髪はこの人込みのせいかくしゃくしゃに乱れていた。
乱れてしまったその髪に触れて整えてやりたい。
けれどそれは我慢して教えてやるだけに留めた。
家の中ならば遠慮などしないのに。
二人して出掛けるのはいつだって楽しいがもっと自由に振舞えたらいいのにと思う。
腕を組みながら笑い合う男女のカップルを目にすればその気持ちはさらに加速する。
「サッチ、行くよい」
「おう」
服の袖を引かれて慌ててマルコの後を追う。
神様に挨拶する前にこんな気持ちではいけないと頬を叩いて気を正したがマルコは変に思ったに違いない。
心ばかりのお賽銭を放って鈴を鳴らして手を合わせる。
願うのはもちろん互いの健康と安全、そしてずっと一緒にいられますようにということ。
「なぁ、マルコは何お願いした?」
「……教えないよい」
「俺と同じ?」
「そ、そんなわけないだろい」
「違うの?」
「いや、もしかしたら同じかもしれないけど……でも……」
「俺はマルコとずうっと一緒にいられますようにってお願いしたけど?」
自分の願いを口にすれば本当に同じだったようでマルコの目がいつもよりまん丸くなったと思うと照れたように俯いた。
こういうところが本当に可愛い。
また触れたくなってしまう。
「おみくじやろうぜ」
初詣に来たらおみくじを引くのはもはやお約束だろう。
目の前に見えるおみくじ場まで行こうと思わずマルコの手を掴んだらびっくりするほどの勢いで弾かれてしまったのは少し傷ついたが自分のミスだから仕方ない。
ちょっと気まずそうな顔をしたマルコに向かって笑いかけ、今度は手を触れずに誘いかけた。
「俺、二十三番」
「俺は十六番だよい」
出てきた棒の数字を巫女さんに告げる。
引き出しから出された紙をそれぞれ受け取ってすぐには見ずに社の角へと移動する。
「今年の運勢はどうかな〜♪」
占いとかの類が俺は嫌いじゃない。
むしろ面白くて好きだ。
「あっ、大吉だよい」
「まじで?本当だ、よかったな!俺は……」
マルコの幸先の良い結果を見て意気揚々と己のくじを開く。
だが飛び込んできた二文字にその気持ちが弾け飛んだ。
「サッチ?」
心配そうに顔を覗きこんでくるマルコ。
残念ながらきっと自分の顔はいまひどい面をしているに違いない。
「大凶……」
マルコがゆっくりと俺の手の中にあるおみくじに書かれた文字を読み上げる。
「た、たまたまだよい。きっとこの神社じゃ凶が出やすいんだよい!」
それは慰めとしてはちょっと無理があると思う。
「“大”がつくほどの凶も?」
「えっと……」
凶の上に“大”まで付くなんて幸先悪すぎる。
マルコは真逆の大吉なのに運命が違い過ぎるのではないだろうか。
「そうだ、中身!中身だよい、サッチ!運勢って言っても中に何が書かれてるかも重要だろい?」
マルコに言われ、おみくじの内容を見る。

願望:叶わぬ。今は待つべし。
待ち人:来たらず。便りもない。
失物:出ず。諦めよ。
旅行:控えよ。怪我の恐れあり。
商売:様子を見よ。利はない。

他にも金運だの男の俺には関係のない出産だのについて色々と良くないことが書かれていた。
ここまで悪いおみくじもそうないんじゃなかろうか?
けれど自分の目が釘付けになったのは恋愛の項目だった。

恋愛:離縁の危機。浮気に注意。

「う、わき……?」
そこに書いてある文字を食い入るように見つめる。
大凶なんかよりずっと胸に突き刺さる言葉。
「ちょ、サッチ!何肩落としてんだよい!浮気なんて俺がするわけないだろい!」
慌てたようにマルコが叫ぶ。
「でも大凶……」
マルコが浮気なんてするわけないけど離縁の危機……。
マルコと別れるなんて絶対に嫌だ!
でも言わないだけでマルコは俺に対して不満を持っているのかもしれない。
そう、言わないだけで……マルコは優しいから……。
「サッチ!」
怒ったマルコの声が聞こえて頬にひりひりとした痛みが走る。
両の手で顔を挟まれ、ぐっと距離が近いた。
「ま、マルコ?」
鋭くなった蒼い目に戸惑いながら声を掛ければ呆れたようにマルコがため息をついた。
まさかお別れの言葉!?
一度沈んだ思考はどんどん悪い方へと進む。
「お前は浮気するのかい?」
「は?」
「だからお前は浮気したりすんのかい?」
「しねぇよ!そんなもん!」
マルコがいるのになんでそんなものをしなくちゃいけないのかわからない。
俺にはマルコしかいねぇのに。
そんなこと聞くなんてやっぱりマルコは……。
「俺もしねぇよい」
マルコの凛とした声が響く。
「俺は浮気なんてしない。お前もしない。ならここに書いてあることは取るに足りない嘘っぱちだよい」
冷たかった頬に触れるマルコの手からじわじわと熱が伝わっていた。
その手が今やっと離れる。
一抹の寂しさを感じているとマルコの手が先ほどのおみくじ、マルコの引いた方のおみくじを開き、俺の前へと突き出す。
「それに俺の方のおみくじじゃ今年俺らは結婚するらしいよい?」
差し出されたマルコのおみくじの文字を辿る。
恋愛のところに書かれていたのは“愛情深まる、相手を信じよ”。
そしてさらにある『縁談』に書かれるは“良縁、決めるべし”。
「大吉と大凶じゃ、運のいい方がえらいに決まってるだろい。だから俺の方が正しいんだよい」
無茶苦茶な理屈に聞こえなくもないがそんなことはこの際どうだっていい。
「マルコ〜!」
嬉しさに目の前の体にぎゅっと抱き着けばしばらくしてから背中に同じように手が回ってきた。
人気の少ない社の陰、そこで抱き合う男二人に不思議な視線を投げかけた人たちもいただろうが気にしてる余裕なんてなかった。
マルコの温かさにくだらない悩みは吹き飛び、愛情に満たされた。

「それじゃあ、おみくじはここに結ぶよい」
「うん」
互いのおみくじを重ね合せ、折り曲げて社にある木の枝に結び付ける。
凶のみくじは効き腕と逆の手で結べば幸運に変わるとかいう説もあるらしいがマルコの引いた大吉に包まれて共に結ばれる方がよっぽど効力がある気がする。
一緒に結ぶのはちゃんとした作法からしたら正しくないのかもしれないが運命共同体みたいでなんだか嬉しかった。
「帰るよい」
「ああ」
神社の前に並んでいた露店から綿あめを一つだけ買って帰る。
食事は家に自分が作ったとっておきのおせちと雑煮がある。
家に帰ってから二人でのんびりとそれを食べてテレビを見て一日ゆったりと過ごしたい。
「寒くないか?マルコ」
「いや……実はちょっと寒いよい」
ポケットの位置を叩いて示してから手を差し出せば手を繋がないかという意思を汲み取ったマルコがそっと自分のコートのポケットから手を抜き出し、差し出された自分の手を握った。
手袋越しだったがそれでもその手は温かい。
ただ単に人気の無い二人きりの道筋だったからだけなのかもしれないが素直に握られたその手がとても幸せに感じられた。
やはりマルコの言う様に今年はとてもいい一年になるのかもしれない。
吹きつけた風を口実にマルコの体をより自分の方へと引き寄せた。


(A HAPPY NEW YEAR!)



奈都様に年賀状代わりに捧げる初詣小説です。

マルサチorサチマルで初詣ネタということでサチマルでいかせていただきました。
いただいたシチュを見てサチマル雰囲気で書きたかったので。
遅くなり申し訳ありません。
結局はいちゃいちゃな二人可愛いですよね…!
しょんぼりするサッチとか個人的にツボです。

奈都さんにとってよいお年になりますように!
書き直し、返品も受け付けますのでお気軽に。
どうぞ今年もよろしくお願いします(*^ω^*)


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