終焉

「マルコ、大丈夫か!」
 目の前でマルコの体がふらついて、次の瞬間には床に崩れた。慌てて駆け寄るもその体は起き上がることが出来なくなっていた。「サッチ……」
 呟くマルコの体を抱き寄せる。その体には驚くほど力がない。
「いますぐ医者を……!」
 自分で運んで行ってやることは出来なかった。それだけの力は自分にはもう無いからだ。
 皺くちゃの体に、肌に浮き出るシミ、白く染まった髪の毛。いつしかそんな姿になっていた。もちろんそれはマルコとて同じ。
 長い年月をともにしながら自分たちは老いた。
「マルコ?」
「いい、よい」
 病院へ連絡を取ろうとする手をマルコが握りしめて止めた。眉を歪めた顔がゆっくりと首を振り、微笑みかける。とても穏やかな顔。
 マルコの言わんとすることがわかった。
 わかってはいても辛い。
 けれどもう時間が残されていないのは明白だった。ならばしたいようにさせてやるのがマルコのためだ。握る手を力なく落とす。もう片手でやんわりとマルコの頬を撫でた。
「ここじゃ寒いだろうからせめてベッドに行こうか」
 それでもこんな床に寝かせておきたくはない。
 力を振り絞り、引きずるようにその体を背負う。一歩一歩が重く、家の寝室なのにものすごく遠い道のりに感じられた。
 なんとか横たわらせたベッドの前で膝をつき、その手を握りしめる。震えが止まらなかった。
「ごめんな……すぐかどうかはわかんねぇけど、俺もお前と同じところに行ってやるからよ」
 皺だらけの頬にキスをする。頬の感触は冷たかった。
「バカだねい」
 マルコは笑ったが、同時に泣いてもいた。唇を離した頬に涙が伝っていく。どうしてこんなにも一緒の時を過ごして、死ぬ時が一緒じゃないのだろう。
「一緒に逝けたらよかったのにな……。一人で行くなんて寂しいよな。でも俺もきっと行くから。追いかけるから」
 流れるその涙を指で消す。
「……寂しいわけじゃないよい」
 マルコがぽつりと呟いた。とても穏やかな声。
 気がつけば自分の頬にも涙が伝っていた。マルコの涙を拭い取ったつもりがこちらにも移ってしまったようだ。いや、ただ悲しい。
 マルコの瞼が徐々にその幅を狭めていく。その目はまだ見えているのだろうか。唇はもう動いてはいなかった。それでも握り返す手が確かに生きていることを示す。マルコは何を望んでいるだろうか。
 膝を起こし、ゆっくりと立ち上がる。そして耳元で囁いた。
「なぁ、キスしようか」
 聞こえているかはわからない。それでももう一度囁いた。
「キスしよう」
 マルコが望んでいるかはわからない。けれど自分がしたかった。途端にマルコの目から涙が溢れ出す。
 ああ、ちゃんと届いていた。望んでくれている。返事はなくとも、その涙こそが答えだと感じた。いつの間にか握り返さなくなった手をそれでも強く握り締める。
「マルコ、愛してる。ずっと、ずっとだ」
 ゆっくりとその唇にキスをする。唇は冷たかったが温かい吐息を感じた。でもそれも消えていく。マルコの最後の呼吸を感じた。
 悲しいのに。とても悲しくて、胸がはりさけそうなのに。
 どうしよう。とても幸せだ。
 マルコに出会えたこと、共に人生を過ごせたこと、こうして最期を看取ることが出来たことに感謝する。
 いつかまた会おう。あの世でも。生まれ変わった次の世界でもいい。
 また会えると信じている。
 だから待っていて欲しい。自分は探しに行くから。
 すでに冷たくなった体を抱き寄せて、愛しい恋人にもう一度別れのキスをした。

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