桜雪

桜、散る散る。舞う雪のように。

温かい春の日差しが庭先に降り注ぐ。
真白い雲が流れ、隠れていた太陽が顔を覗かせた。
春の光を受け、庭の木々や花々はまるで歓喜するかのように輝いている。
そしてその中には春の代名詞とも言える樹木の姿も。
「It’s beautiful.」
穏やかな風が花びらを散らせた。
眩しい日の中でのそれは白く、まるで雪のように宙を舞う。
青い空から舞い降りるように落ちた花びらは漆で塗られた赤い杯の中へ。
杯に湛えられた酒の上を泳ぐ花びらは間近に見るとうっすらと色づいている。
「いいもんだな」
片目を細め、政宗は笑った。
庭に咲く桜の木は古く、それゆえに大樹であった。
風が吹く度に無数の花びらが降り注ぐ。
「本当に綺麗だべなぁ!」
明るい声がほとばしる。
春の光の中で小さい子供が兎のように跳ね、長いおさげを揺らしていた。
「政宗!座ってないでおめえさんもこっち来るだよ!」
縁側に座る政宗にいつきが声をかけた。
桜の真下ではしゃぐその姿は苦笑するほどに子供らしい。
「ここの桜はずいぶんと立派だべ」
桜を見上げる体にも花は降る。
「桜も良いがおまえはこっちも好きだろ」
銀の髪に混じる花びらを左手で払い、政宗は右手を差し出した。
「団子だベ!」
「握り飯もありますぜ〜」
花見に宴会はかかせないものだろう。
支度は十分だと言わんばかりに次々と器に乗った料理や酒が運ばれてくる。
「豪勢だなぁ!」
昨年の実りも上々であった。
また今年も豊作であるよう願いも込めて、乾杯を掲げる。
「これ本当に政宗が作っただか?」
「Of course. ありがたく味わいな」
「もちろんだべ!」
口いっぱいに頬張り、頬袋に溜め込んで食べる様はいささか品が無いが、実に嬉しそうに食べる姿は悪くない。
「美味いべ!」
幸せそうに食べるいつきの姿に政宗も思わず笑みを漏らす。
腕をふるったものを美味いと言って貰えるのはやはり気分が良いものだ。
酒も回り、のどかで静けさのあった庭はすっかり騒がしい宴の場に成り果てている。
「やっぱり花見ってのはいいもんだべな!」
にっこりと笑ういつきを見て政宗もそうだな、と呟いた。
腹いっぱいに飯を食べ、いつきは再び立ち上がる。
「ガキはいいな。時間がたっぷりあってよ」
無邪気にはしゃぐいつきを見て政宗は言葉を漏らす。
すでに時が過ぎた自分と違い、まだ子供である相手が少し羨ましくなった。
「そんなことねぇだ!」
政宗の言葉が耳に入ったのか、いつきが振り返った。
「楽しい時間はあっという間に過ぎちまうだよ!」
桜を背に、その顔が満面の笑みを映し出す。
風がふたたび流れ、雪のような花びらがその身を包み込んだ。
「またいっぱい散ってしまっただな」
地に落ちた花びらを見つめながらもその顔は楽しそうだ。

そうか、楽しいのか。

いつきの台詞に政宗は不意に己の感情を振り返った。
花の散る桜が例年よりも美しく見えるのも、散っていくその花びらが惜しいと感じるのも。
その時を留めたいと思うからこそ、刻々と過ぎる時に感じ入ってしまう。
穏やかな春の風景において桜だけが忙しなく花を散らせ、流れ行く時を表しているようであった。
桜が散っていくのがこんなにも惜しいと感じるのは初めてだ。
見慣れた大樹を政宗は見上げた。
たくさんの花を散らせながら桜の木は悠然と立っている。
その木の下、思わず手の平を差し出した。
舞う花びらはその手の平をすり抜けて遠くの地面へと落ちていく。
「政宗?」
落ちた花びらから視線は目の前の子供の方へと移っていた。
この花もいつかどこかへ飛んでいくのだろうか。
そんな思いが浮かぶ。
「なんでもねぇよ」
「わわっ……止めてけろ!」
怪訝な顔で見つめてくるいつきに対し、誤魔化す様にその髪を撫でる。
いささか乱雑な手つきにいつきは両手でそれを止めた。
「なにすんだべ!」
「Sorry. いや、悪かった」
少しむくれたいつきに政宗は笑う。
「まったく、もう。結び直しだべ……」
乱れた髪を結い直そうといつきの手が髪紐へと触れる。
解けた髪が風に攫われ、桜の花びらとともに宙を流れる。
(綺麗だ)
明るい春の日の中、雪のように舞う桜とともにその姿が何故か鮮明に見えて政宗は一瞬、釘付けになった。
「これでよしっと」
髪を結び終えてもその視線は外せないままでいた。
政宗の視線に気づかず、そのまま目の前の花はまた桜の木へと駆けていく。
絶え間なく散る桜の花が無性にもどかしい。
「どうしたんだ、政宗……」
無言で近づき、背に立つ政宗にいつきは振り返るがその顔は見えない。
髪に何かが触れたかと思うとその体が、顔が見えるくらいに離れた。
「付いてたぜ」
指で摘ままれた淡い紅色の花びらを見ていつきは納得した。
だが、同時に笑ってしまう。
「ありがとな。でもこんなに散っていたらまたすぐ付いちまうだよ」
「だろうな」
他の者と語り出すいつきを眺めながら政宗は桜の木へともたれ掛かる。
花が散っていくのは止められない。
時が過ぎていくことも。
「……だがまぁ、そう易々と人の手に渡しちゃやらねぇけどな」
目の先に立つまだ幼い花を見つめて、政宗はそっと口元に手を当てた。
それは先ほど、いつきの髪に触れた場所。
髪に落ちた花びらを取ったのはもののついでであった。
手折るにも惜しい小さく、それでいて凛々しい大切な存在。
それでもやがては時に連れられ、成長していくのだろう。
明るい声が響き、その口から歌が紡がれ始めた。
風に吹かれる桜の花びらとともに歌声は軽やかに空を流れていく。
まだもう少し――。
響く歌声に耳を傾けながら散る桜を目に焼き付け、この時が少しでも長く続く様にとたまらずに願った。



素敵企画『BASARA×百人一首』様に提出させて頂きました。
33番の歌『ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ』について書きました。

守ってやりたい存在ではあるけれど、それが恋情と自覚するにはまだ達していない筆頭。
歌の情景を思い浮かべたら二人の姿が浮かんだので(^ω^)


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