温かい雪の日

雪やこんこ あられやこんこ 降っては降っては ずんずん積もる

弾む歌声が軽快な足音とともにやって来る。
シンとしていたはずの空気を解く明るい声が叫んだ。
「政宗は猫なんだか?」
「What?」
火鉢の傍に座り、暖を取っていた政宗は問い返した。
訪れた相手はこんなにも寒い日だと言うのにいつもと同じく、腕や足を露出した格好をしている。
「いつき、お前その格好で寒くないのか」
見ているだけで寒々しい。
体を心配しての言葉だったがいつきは逆にそんな政宗を笑い飛ばした。
「政宗こそそんなに着込んでまるでダルマだベ」
重ね着に布団を被ったままの格好はやはり格好悪かったようだ。
ケラケラと笑う様子が実に楽しそうで政宗はたまらず一番上に被っていた布団を剥いだ。
「あれ、脱いじまって平気なんだか?」
「No problem!」
これ以上、笑われるのはごめんだ。
痩せ我慢を隠し、政宗は勢いよく答えた後、いつきのいる縁側の方へと歩み寄った。
朝方吹いていた風は止み、空も晴れてその寒さは幾分和らいでいるように思える。
しかしやはり肌寒い。
縁側に座った政宗は震えそうになる体を抑えるように組んだ腕に力を込めた。
雪国に生まれながら情けないと思うかもしれないがそんな理屈の方がおかしいのだ。
寒いものは寒い。
生まれつき政宗は冬に弱かった。
「んー。なら、こうしたら温かいべ?」
ぎゅっと締め付けられる。
真正面から抱きつかれ、政宗は思わず面を食らった。
小さな温もりが徐々に伝わってくる。
「お前、何して……」
「うわっ、政宗の手、氷みたいだべ……!」
自分よりも小さな手が両手で包み込んでくる。
政宗よりもはるかに寒々しい格好をしているはずなのにその体は驚くほど温かった。
「平気なんだか?」
真剣に心配してくる声に押し黙る。
笑われるのも心外だがこうして心配されるのもなかなか決まりが悪い。
「おい」
問いかけに答える代りに政宗は一声かけ、自らの膝を叩いて見せた。
政宗の突然の仕草に一瞬考える素振りを見せたいつきだがすぐに合点がいったように示された膝の上に飛び込んだ。
胡坐をかいた足の中にいつきがすっぽり収まると腕を伸ばし、背中からその体を抱き締める。
「温いな」
「やっぱり政宗は猫だベ」
背中にぴったりとくっつく政宗の仕草にいつきはまた笑い声を立てた。
「そりゃ、どういう意味だ」
先ほどもそう言っていたが意味がわからない。
不思議がる政宗にいつきはにこやかに言った。
「だって猫はこたつで丸くなるって言うべ」
そう言うといつきは歌を口ずさみ始めた。
それは訪れた時に歌っていた歌の続きだった。

雪やこんこ あられやこんこ 降っても降っても まだ降りやまぬ 犬は喜び 庭かけまわり 猫はこたつで丸くなる

「ほら、な?」
歌い終えたいつきは楽しげに声をかけた。
「寒くて背中丸っこくしている政宗は猫みたいだべ」
そうして、まるで本物の猫を撫でるように頭を撫でられる。
「ならお前は犬ってわけだ」
「そうなるな」
ふふっと笑うといつきはまた別の歌を歌い出した。
シンとした雪景色の中、透き通るその声は空気の中に溶けていく。
「まだ冷たいべな」
握った手を揉みながらいつきがぽつりと呟く。
「いや、だいぶマシにはなったぜ」
芯まで冷える様だった指先がいまはほんのり温かさを取り戻している。
「そうだ。こうすればもっと温かいだよ!」
ぐっと手を引かれたかと思うと手の平に熱いと思えるほどの温もりが伝わる。
温かさだけではない。それは柔らかく、すべすべとした肌の感触だった。
「なっ……!」
「なぁ、温かいべ?」
腹掛けの中に手を差し入れさせた相手はさらに上から手を乗せ、その手を押し込めた。
ジンジンとする熱が腹に触れた手から流れ込む。
「女が腹を冷やすんじゃねぇ!」
押さえつける手を跳ね除け、腹から手を離すと政宗は叫んだ。
手を離した拍子にめくれた腹掛けも丁寧に直す。
ついでに自らの上掛けも脱ぐと寒々しいその格好の上に被せ、腹の部分まで隠れるようにすっぽりと着込ませた。
「ちょ、政宗、おめえさん寒いんじゃねえだか?」
政宗の行動にいつきは困惑する。
「No problem!もう十分温まった」
そう言ってぎゅっと握られた手は確かに先ほどよりも温かい。
「でもおら寒さには強いし、上掛けなんて……」
「いいから着ていろ」
強い口調で言われ、仕方なしにいつきは政宗の上掛けを着たまま、また元のようにその足元に座り込む。
なんとなく無言の時が流れて二人してただ庭を眺めた。
明るかった庭がゆっくりと薄暗くなっていく。
天を見上げると灰色の雲が空を包み始めていた。
「へへっ」
不意に聞こえた笑い声に政宗は下を見下ろした。
「どうした。なんか面白いもんでも見つけたか?」
「いいや。思い出し笑いだベ」
「思い出し笑い?」
「そうだ。政宗がおらのこと女扱いしてたなぁって」
笑うその顔は面白いというよりは嬉しさを表していた。
何がそんなに嬉しいのだろうと思ったがすぐに納得がいった。
まだまだガキで、自分の身なり行動にも無頓着。おまけに男顔負けな怪力を持ついつきだがその実、可愛らしい一面も持っている。
恋の話に興味を持ち、将来の夢は歌姫。容姿や仕草を褒めると妙に照れるところなどだ。
恋愛に興味がある癖にそれを聞くことをどこか恥ずかしがっているところも初々しい。
普段の性格がさっぱりしているだけについ見落としがちだがいつきとて立派に女なのである。
「政宗?」
丸い瞳と目が合う。
間近に見えたその目はいたく綺麗で思わず見惚れてしまう。
「あいだッ!」
政宗の指がいつきの額を弾いた。
「何すんだベ……!」
「油断したお前が悪い」
「なんだと!」
「ハハッ、そうむくれるんじゃねぇよ。子供っぽいぜ?」
「ッ――!」
言い返せずにいるいつきを見て笑うと政宗は立ち上がり、部屋の中へと戻る。
片隅でなにやら動いていたかと思うとその足はやがて火鉢の方へと歩み寄った。
「ほら、餅焼いてやるからお前もこっち来いよ。いつき」
どうやら焼き網を取り出していたようだ。
火鉢の上に置いた網の上にこれまたどこかに仕舞っていただろう餅を並べ出す。
「お前んとこで取れた餅米を小十郎がついたんだ。きっと美味いぜ」
それならば言われなくとも美味いに違いない。
香ばしい匂いがしてきてたまらずいつきも火鉢の下に駆け寄った。
「味付けは醤油にするか味噌にするか……」
呟いた途中で止まる。
小さな舌打ちが聞こえたところを見るとどうやら味付けの用意を忘れていたらしい。
「材料ならばこちらに用意してあります」
低い声が聞こえたかと思うと部屋の前には小十郎の姿があった。
「いつきが来たと言うのでおそらくあの餅を振る舞われるのだろうと思いまして……」
その傍らには醤油に味噌、他にも様々な調味料や具材が乗せられた盆があった。
「Great!流石だな」
「楽しみだべなぁ!」
外を見ると薄暗くなった空がちらちらと雪を落とし始めていた。
もしかしたらまた積もるかもしれない。
温かい火鉢の熱を受けながら焼く餅はとても香ばしく良い香りがして、頬張るとやはり美味かった。
餅を懸命に頬張るいつきを見て政宗はひっそりと笑む。
餅に夢中になる姿はまだまだ幼さがあった。
「政宗ももっと食べるだ!」
そう言って小さな手が新たな餅を差し出す。
火鉢の熱のせいか、はたまた食した焼き餅のせいか。いや、きっと先ほど温めて貰ったのが効いたのだろう。
冷えていた体は熱を増し、胸もぽかぽかと温かい。
にこにこと笑う相手を前に政宗はまた一つ餅へと齧り付いた。



素敵企画『竜と雪うさぎ』様に提出させて頂きました。
今回は雪うさぎということでとりあえず冬のお話にしてみました。
二人とも早くくっ付けば良いのに!と思うと同時にまだもだもだしてろ!とも思ってしまう(笑)
いつきちゃん可愛いですよね…!(*´д`*)伊達いつは癒し。
明治の童謡である「雪」が出てきますがそこはふわっと流してくださると助かります。


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