823本目の花の先(7/7)

「元親、お帰りなさい。帰ってきて早々だけど出掛ける準備をしてくれるかしら」
政宗と別れ、元親が家に戻ると母親が玄関に立っていた。
「どっか行くのか?」
「斜向かいに新婚さんが引っ越して来たでしょう?入院していた奥さんがとうとう出産して家に帰って来たのよ。家も近いし、ごあいさつに行かなきゃね」
手土産だからと押し付けられた荷物には赤ん坊用のおむつと母親自慢のアップルパイが入っていた。
甘い香りにゴクリと喉が鳴ったが逆の手に抱えたおむつを見て少し気持ちが下がる。
「赤ちゃんきっと可愛いわよ」
「えー……」
子供はどうも苦手だ。
決して嫌いというわけではないがなんというか扱いに困る。
赤ん坊ならばまだ構いかけてくることはないだろうがもし抱けとか言われたらと思うと気乗りがしなかった。
赤ん坊は同じ人なのに脆そうだし、何より過去に笑いかけたつもりが盛大に泣かれたことが元親のちょっとした心の傷でもあった。
しかし足掻いたところで母親には逆らえない。
母親に急かされるままに渋々元親は斜向かいの家を目指した。

「こんにちは〜。長曾我部です」
「ようこそ。お待ちしてました」
母親が呼び鈴を鳴らすとすぐに女の人が出てきた。
母親よりも十は若いだろうその人は普通に綺麗だ。
「ごめんなさいね、お邪魔しちゃって」
「いいえ、私もご挨拶しなければと思っていたところなので」
結局、家の中にまで上がらせて貰うことになり元親もそれに付き添うことになった。
案の定、赤ん坊を紹介しようとベビーベッドの下まで誘われる。
「ほら、ご近所のお兄ちゃんが遊びに来てくれたわよ。よかったわね」
そう言って産んだ母親に抱き上げられる赤ん坊を見て元親は目を見開いた。
「ほら、ボーっとしてないで折角なんだから触らせて貰いなさいな」
赤ん坊を見て固まってしまった元親の背を母の手が叩く。
強烈な一手にいつもなら反抗するものの、今は目の前の子供から目が離せなかった。
生まれてからそんなに日も経っていない赤ん坊はとても弱々しく見え、髪も薄い。
けれどそっと触れてみた頬はふんわりと柔らかかった。
触れた拍子に赤ん坊が身を捩らせる。
元親は慌てて手を引っ込めたが次の瞬間、赤ん坊と目が合った。
くりくりとした丸い瞳は濃い琥珀色をしている。
「あら」
驚く女の人の声と共に赤ん坊が笑った。
その目は未だ元親を見ている。
赤ん坊が元親を見て笑っているのだ。
やがてその小さな手は上に向かって伸びる。
白いふわふわとした髪に惹かれたのだろうか。
でも、もしかすると、それだけではないのかもしれない。
自分を求める小さな手の平に元親の心臓はざわついていた。
「珍しいわね。この子すごく人見知りで私以外はまだ夫にも懐いていないのに……そんなにお兄ちゃんのことが気に入ったのかしら」
不思議がる女の人の言葉を片隅で聞きながら元親の鼓動は徐々に速度を上げていた。
「ねぇ、抱いてみる?」
笑いかける女の人の言葉にぼんやりと頷いた。
いつもならば首を振っていただろうが今はもう一度その身に触れてみたい気持ちでいっぱいであった。
女の人の手から元親へと赤ん坊が受け渡される。
まだ据わらない頭を懸命に支え、抱く体は本当に小さくてけれどもずっしりとした重みがあった。
元親を見る赤ん坊はまだ嬉しそうに笑っている。
「本当によく懐いているわねぇ。よかったじゃないの、元親」
「よかったらいつでも遊びに来てもいいのよ」
既に打ち解けている母親たちはそんな言葉を元親にかけた。
やがて赤ん坊を元親に預け、語り出す母親たちを余所に元親はもう一度赤ん坊と目を合わせた。
「やっと会えたな」
母親たちには聞こえないほどのか細い声で元親は呟いた。
意味がわかっているのかいないのか、赤ん坊は言葉を聞いて瞬きを繰り返す。
「毛利……」
小さな赤ん坊をその腕でぎゅっと抱きしめ、元親は小さなその胸に顔を埋めた。
トクトクという小さな心音を聞きながら元親の目には涙が溢れてきていた。
動く心臓の音はその存在をめいいっぱい主張しているかのようだった。
抱き締めた腕から温もりも伝わっていた。
確かに生きている。今、この時を。
嬉しさに胸が詰まり、無言で抱き締めていることしか出来なかった。
約束は果たされた。
未だ雫が伝い、濡れるその頬を柔らかい赤ん坊の手がゆっくりと撫でた。


春過ぎて、待ち人来たり。
初夏を彩る紫陽花が色づき始めた頃の話であった。



当初3千字くらいでささっと書き上げるつもりが何故かの一万字越え…(・ω・)ナンテコッタ!
十数年後の二人の姿も浮かんでいるのでいずれ書くかもしれない…。
しかし思えば年の差18って就親でも親就でもアニキなんか変態臭(ry
戦国ではナリ様の方が年上っぽいし、逆転現象とか美味しそうだよね!


[ 8/24 ]

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