瀬戸海に願いを

普段、余程特別な用事が無い限り元就の夜は早い。
考え事をするのも体を動かすのも、日が出ているうちにする方が物事は良く進んで捗る。
それなのに何も本調子でない夜に活動する必要はない。
それに、闇や煌々と輝く天の星が嫌いなわけではないがやはり日輪の方が圧倒的に好きだ。
そういうわけで、平常ならば既に床に入っている亥の刻。
この日、元就は珍しくまだ文机に向かっていた。
特に急ぎの用事があるわけではないのだが、こうでもしていないとうっかり微睡んでしまう。
何時でも眠りにつける服装で何やら半紙に書きつけていると、不意に障子を隔てた向こう側からどたどたと足音が一つ。
それにまじってかさかさ、さらさらという涼やかな音も聞こえる。

「入れ」

足音の主が何かを言う前に声をかけてやると、障子がさっと開いた。
逆光で背に月を背負うそれは、肩にこんもりとした緑を担いでいる。

「よぉ、毛利。起きてたか」
「ああ。貴様に寝首をかかれるわけにはいかぬゆえ」

勿論眠りについていたところで相手が殺しを目的に近づけば目が覚めるのだが、久しぶりに会った人物への嫌味と冗談のつもりだった。
元就は相手の姿を一通り眺め終えると、墨と筆を片しにかかる。
目的の相手が来た以上、無理して起きていようとせずとも目は覚めるので、これはもう必要ない。
嫌でも話し相手をしなくてはならないからだ。

「貴様、相変わらずそのような莫迦に大きな笹を提げてくるか。部屋に葉を散らすでないぞ」
「分かってるって。毛利、短冊は書いたか」
「抜かりないわ」

先程まで元就が書いていたのは願いを書いた短冊だった。
勿論一枚しかないそれを書き上げるのは直ぐに終わってしまったのでその後は元親に見られても差し支えがないだろう範囲で長々と謀を練っていたのだが、その短冊の裏面を元親に突きつけて目元だけ不敵に笑んで見せる。
今日は七夕。
何故か元親は七夕祭りを好んでいるようで、普段は彼方此方を船で彷徨っているにも関わらず七日には必ず元就のもとを訪れる。
それも、律儀に日付を跨ぐか跨がないかといった頃に。
普段は豪快なのに妙なところで凝り性なこの男は、習わし通りの時間に事を運びたいのだろう。
その時刻までまだ半刻ばかりあるが、支度をしていればそのくらいあっという間だ。

「短冊に何て書いたんだ? 今年こそ教えてくれよ」
「何故貴様に教えねばならぬ」
「そう言われると思ったけどよぅ。俺はな、来年もアンタと七夕を祝えるように、って書いたぜ!」
「莫迦か貴様。短冊に書く願いは芸事と相場が決まっておる」

何故かこんなところは習わしに従わない元親に呆れながらも、元就は笹に短冊を結わえる。
あらかじめ元親の短冊は野郎共のものと一緒に吊るされていたので、する事のない元親はそれをにこにこと眺めていた。

「さて、結び終えたぞ長曾我部。例年通り瀬戸海に流すのか」
「おうよ!」

厳島から海に流せばいいものを、元親は毎年元就を乗せて瀬戸海の真ん中まで船を出す。
その頃には丁度良い時間になっているので、そこで笹を流すのだ。
確かに風流だなとは思うが、なんと無駄の多い事か。
しかしそれを口にする程元就は空気が読めないわけでも莫迦でもない。
因みに、本来は六日に飾って翌日に流すものらしいのだが、元親曰く「飾るのは俺と野郎共でやっておいた」なので気にしなくても良いだろう。

「今夜は少し冷えるぜ。風邪ひくなよ」
「ここは少しばかり暑い。そのくらいの方が良いわ」

笹を抱える腕とは反対の手を元親が差し出して来たが、それを無視して元就は縁側へ出る。
よく訓練された捨て駒達の気配が遠くに感じられた。
言いつけを守って遠巻きに元親を監視している。
空を見上げれば、天の川らしきものがうっすらと見えた。
今夜は残念ながら曇りらしい。
しかしながら織姫と彦星はどんよりとした鈍色の雲の上にいるだろうから、二人の逢瀬には何の影響もあるまい。

「長曾我部。今宵は星が見え辛い」
「心配すんな。瀬戸海は俺の家だ、迷わねぇよ」

貴様にくれてやった覚えはないが、と悪態をつきながらも海へと歩みを進める。
後ろからついてくる元親を振り返ると、温く湿った風が短冊と笹の葉を揺らした。
ひらり、と五色の短冊が思い思いに翻る。
そのうちの一枚、元就が書いた緑の短冊も例に漏れず揺らめいていた。





(瀬戸海と毛利が安寧でありますよう)



まりも様よりツイッターのリクエストで頂きました。
七夕なのでお願い聞きます的なタグで図々しくもお願いした主です。

「瀬戸内で七夕逢瀬」というようなお願いをさせて貰ったのですが素敵な親就が届きました////
一見素っ気なくもアニキを律儀に待っているナリ様の健気さや毎年ナリ様の元に時間きっちり訪れるアニキのマメさが愛しいです。
仲が悪いような良いような二人の言い合いが大好きです^^
願い事も実にあの二人らしいw
海へ出て笹を見送りながら二人して何を思うんだろうと思うとたまらないです。

素敵な小説、本当にありがとうございました!(●´ω`●)


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