難しいことなんてない

気づいてしまえばとても単純なことだった……



サッチと俺は同期で相部屋だったこともあり、昔からよくつるんでいた。
いわゆる気が置けない仲という奴だ。
けれど半年ほど前からあいつの態度に違和感を抱くようになった。


初めて気がついたのは街に女を買いに行こうと誘ったときだった。
いつもなら意気揚々と誘いにのるやつがなぜか戸惑った顔を見せて拒否した。
具合でも悪いのかと聞くとあいまいな顔をして笑いながら引っ込んでしまった。
わけがわからなかったがそういう気分じゃなかったのだろうと、もしくは前の島でよっぽど気に入った女がいたのだろうと思ってその日は一人で出掛けた。
だが、その次の日も、次の日もあいつは誘いに応じなかった。
結局その日以来サッチが街に女を買いに行く姿を見ることは無くなった。


さらなる変化に気づいたのは数ヶ月前だった。
俺が風呂に誘うと自分は用事があるからと、どこかへ行ってしまった。
俺が能力者であることもあり、仲のいいあいつはよく風呂に付き合ってくれた。
互いに背中を流し合ったり、その日の愚痴などを色々言い合ったりしていた。
だが、いつの間にかもう風呂には先に入っただの、用事があるだのという理由からそれは無くなった。
風呂だけじゃない、それ以外のときもなんとなく避けられていると感じるときが幾度もあった。
しかしそれ以外は普段と変わらず、あいつに聞いても気のせいだというから俺はそれを信じた。
いや、実際はただ信じたかったのだと思う。
マルコが俺をことを避けたりするはずがないと。


決定的になったのは数日前だ。
いきなり年配のクルーに呼び出されたと思ったら相部屋の相手が変わることになったという。
どうしてか聞いても答えてはくれなかった。
自分が何かしてしまったのかと思い、直接サッチに問い正しに行ったが理由は言えないと突っぱねられた。
今まであれだけ仲が良かったのに急にそんなことをされて頭にきていたこともあり、俺もそうとう詰め寄ったが結果は同じだった。
あれ以来、あいつと俺の仲は最悪になった。
前まではちょっとしたことで笑い合い、何かある度に相談しあったが、今ではすれ違っても言葉はおろか目さえ合わせない。互いに相手が存在していないかのように振舞うようになった。

だが、それは表面上のことだ。
俺はあいつからの視線を感じている。
直接目が合うことはないものの、すれ違った後、縋る様な目であいつが俺を見ていることを俺は知っている。
俺だって最初は気がつかなかった。
けれど、見えてしまったのだ。

夜の窓に映る、後にいるあいつの姿が。
あいつの目が。
その目が見つめる先には俺がいることを。
そしてその目はなんともいえない複雑な色を帯びていたことを。

わけがわからなかった。
だってあいつが一方的に俺を嫌って部屋を出たとそのときまで信じきっていたからだ。



サッチの考えていることがわからなくなり、他のクルーにそれとなく相談してみた。
もちろん相手がサッチだとは言わない。
今まで仲の良かった相手が急によそよそしくなり、離れていくとしたらどんなことが考えられるか、離れたはずなのに相手は何か言いたそうな気配だということを例え話で聞いてみたのだ。
だが、どいつもこいつも答えは同じようなもので、何か気に障ることを知らず知らずしてしまったのだろうだの、逆にやましいことをしてしまったのだろうということだった。
それでは俺が考え得る答えと同じだったし、そんな理由だったらここまでサッチが俺を避け続けるというのは正直納得出来ないことでもあった。
何かもっとしっくりくる答えはないものかと思っていると、ある年配クルーが意外なことを言い出した。
「そりゃ、お前、恋じゃねえか?」
「はあ?」
「よくあるだろ。今までダチだと思っていたが意識した途端、上手く話せなくなっちまうとかよ!」
「バカ!この場合、男同士の話だろ。男女の仲だったらありえるけどよ。しかもそんなになるなんてどんだけ純情なやつなんだよ」
周囲にいた奴らは笑っていたが、俺は強い衝撃を受けていた。
そう考えると今まであったことの全てが繋がるような気がしたからだ。
女を買いに行く誘いに乗らなかったことも、態度がよそよそしくなったことも、部屋を突然変えられたことも。
何より思い返せば、部屋が変わる前に互いの体が触れたとき必要以上にあいつは反応していたような気がするし、ぼんやりと俺を眺めていることが多かったし、互いの仲がいいことをからかわれたときにはそんなことないと声を張り上げ、顔を赤く染めていた。
なんでそんなことで照れているのだと思っていたが『恋』という現象に当てはめれば、それらはなんらおかしくないのではないのだろうか。
違うだろうという心の声も聞こえるが今までのあいつの態度を振り返れば振り返るほど、それは確信へと近づいていった。
けれど、俺は男だ。
そしてあいつも男。
普通じゃその間に恋なんて関係はありえない。
船内じゃそういつやつらも何人かいることは知っていたがそんなものは少数だ。
男同士の恋愛なんて想像もつかない。
……ああ、だからあいつはあんな態度をとったのか。
きっと俺に知られないように必死だったに違いない。



「サッチ」
キッチンの隅で包丁を研ぐサッチに声をかける。
料理好きなのは昔からだったから甲板にいないとわかると、真っ先にキッチンへと向かった。
案の定なにか作る準備中のようだ。
シュッシュッシュ
俺の問いには答えず、無言で包丁を研ぎ続けるサッチ。
無機質な音が静かな調理場にただ響く。
「なぁ、聞こえてんだろい」
「…………」
返事は無い。
どうやら無視を決め込むらしい。
それならば、と自分も返事を待たずに語り始めた。
「お前が部屋を出た理由がわかったよい」
その一言でサッチの手が止まる。
響いていた包丁を擦る音が止んだ。
ここぞとばかりに動かないその背中に言葉を続ける。
「いきなりあんなことされて驚いたが、理由がわかって納得したよい」
サッチの肩がピクリと動く。
けれどその顔はまだこちらを振り返らない。
「だけど、まさかお前がそういうふうに思ってるとは思わなかったよい」
居心地悪そうにその足先が床を掻いた。
「道理で俺を避けるわけだい」
包丁を放した手が己の腕をぎゅっと握る。
「俺がなんのこと言っているのか、わかってるよねい?」
言葉を連ねていく俺に対し、微かな反応は見せるものの、その体はまだ振り返らない。
飽くまで黙り続けるサッチ。
「サッチ、こっち向けよい」
耐え切れず自ら動いた。
肩を掴み、こちらを向けさせる。
「なぁ、サッチ。俺のことが好きなんだろう?」
「ッ……」
久々に真っすぐ見た瞳は戸惑いで揺らいでいた。
俺の言った『好き』の意味が友情や仲間に対する『好き』とは違うことなどわかっているようだ。
「違うかい?」
揺らぐその瞳を押さえつけるように、さらにジッと見つめる。
「あ……」
「どうなんだい?」
「……」
俯くその顔を、顎を掴んで再び上に向けさせる。
「好きなんだろい?」
再び見たその目は今にも泣きそうだ。
「答えろよい」
答えてくれなければ俺も言葉を続けられない。
「ッ……マルコ」
ようやくサッチが口を開く。
久しぶりに呼ばれた名に心がじわりとした熱を感じさせる。
「なんだよい?」
「……」
いまだ言葉を発することをためらうサッチが口を開くのをひたすら待つ。
早くその先へと続く言葉が欲しかった。
躊躇う様にサッチは何度も音のない開口を繰り返し、そしてとうとう待ち望んでいた言葉を紡いだ。
「……ッ……マルコ。……好、きだ。……好きなんだよ!」
予想に違わぬ言葉が耳に届く。
嬉しさに胸が喜びに満ちる。
「俺もだよい」
サッチの言葉に応え返した。
「……え?」
キョトンとした顔で俺を見るサッチ。
面を喰らったという感じだ。
「俺もサッチが好きだよい」
顎を掴んでいた手を離し、その手で今度はそっとサッチの手を握り締める。
「信じられないかい?」
「……だって」
呆然とするサッチに言葉を続ける。
「男同士だからかい?」
「……」
「他にもそういう奴らはいるだろい」
「でもマルコは……」
「俺が男のお前を好きになったら迷惑かい?」
「違ッ……!」
「俺は男がいいとは思わない」
「……」
「でもお前なら別だ」
「!!!」

俺もあれから考えた……。
サッチが俺のことを好きだと気づいて、正直驚いた。
だが、不思議なことにそれに対して不快感は無かった。
そのことに気づいて、俺もサッチのことが好きだったのだとわかった。
本来なら信じられないはずのその事実は、本当にごく自然に俺の心の中に落ち着いた。
「俺のこと好きなんだろう、サッチ」
「……」
「サッチ、愛してるよい」
握り締めた手にそっと口付ける。
「なっ……!」
「嫌だったかい?」
手から唇を離して問いかければ驚愕に開いてた目が狼狽えた様に俯いた。
そしてその口が僅かに言葉を紡ぐ。
「嫌、じゃ、ない」
見れば顔が赤く染まっている。
その姿を見て自然と頬が緩む。
そのまま今度は震えるその唇に、そっと口付けた。



「……あの頃は俺らも若かったよな」
「いきなりおっさん臭くなったねい、サッチ」
「実際、おっさんだろ」
「まあな」
「まさかマルコから告白を受けるとは思わなかったな」
「お前があそこまで女々しいとも思わなかったよい」
「それは仕方がないだろ。むしろマルコがあっさり受け入れた方が驚きだったぞ、俺は」
「あんときの顔は見ものだったな」
クックッと音を立ててマルコが笑う。
「……趣味わりいぞ、お前」
「そんなやつを好きになって、どうしようもなくなったのはどいつだい?」
「……」
「まただんまりかい?」
意地悪そうにマルコがサッチを見る。
「あー、もう敵わねえなぁ」
ガシガシと頭を掻くサッチ。
悔しいと顔に書いてある。
「わかってたことだろい」

あれから付き合い始めた俺たちはもう十年以上もたつが相変わらず一緒にいる。
喧嘩も幾度としてきたが、やはりお互いになくてはならない存在だ。
もしあのとき俺があいつの気持ちに、自分の気持ちに気がついていなければどうなっていたのだろうか。
考えても仕方の無いことだ。
今、俺の隣にはこいつがいる。
それだけで十分だ。


(ただ素直に、心の内を)



マルコのことが好きだと気づいて戸惑うサッチが書きたかった。
でもサッチあんまり出てないな、あれ?
切甘を目指してみたのですが、これってあってるのでしょうかね?
もし違ったら指摘してください。
今回はサッチがあれだったんで、マルコに積極的に行ってもらいました。
ストレートなマルコもいいよね!


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