風邪引き天邪鬼

ガタガタと窓が揺れる。
その音にマルコは閉じていた瞼をそっと開いた。
薄暗い部屋が目に入り、しんとした静かな部屋の外には雪がチラついている。
モビー号は現在寒い気候域を航行中であり、風邪を引くものが続出していた。
けれど日頃からきっちりしているマルコはほとんど風邪を引いたことなどない。
マルコは風邪を引くやつらを軟弱だと叱咤していた。
それなのにこの始末。
「何やってんだろうねい」
己の迂闊さにマルコはため息を吐いた。
ほんの少し、数秒にも満たないバカな考えだったのだ。



冷たい風が吹く中、マルコは一点を見つめていた。
視線の先にはバカ騒ぎを仲間としているサッチの姿。
内容は本当にくだらないものだったし、マルコには興味のないことだったから黙って見ていた。
けれど心に引っ掛かる何か。
そんな時だった。
力強い風がマルコの体を海へと押し上げた。
立っていたのは不安定な場所で向こうばかり見つめていたため簡単にその体は浮いた。
視界に入る深く青い海。
けれどマルコは動じなかった。
海面までつくのには時間がかかる。
その前に翼を広げてしまえば済むこと。
けれど落ちる最中、マルコの脳裏に一つの顔が浮かんだ。
先ほどまで見ていた仲間と笑い合う彼の姿。

自分が落ちたことを相手は気づいているだろうか。
もし自分が落ちたことを知ったら焦って心配してくれるだろうか。

そんな数秒にも満たない思考。
それは翼を広げるタイミングを失わせ、マルコの身を海へと引きずり込んだ。



「全く頭が痛いよい」
それは熱のせいもあるが大半は自分の思考に向けられたものだった。
「大丈夫か?」
軽いノックが響いた後、そっと扉が開いて見慣れた顔が覗いた。
「……サッチ」
「少しは落ち着いたか」
安堵した表情を浮かべながらサッチは近くの椅子を寄せて腰を下ろす。
「さっきまでピクリとも動かなかったから心配したんだぜ」
「サッチ、今日は……」
「あーあー、わかってるよ。今日は一日中ついててやるよ」
風邪のときは誰しも不安になる。
それはマルコだって同じだろう。
何より滅多に風邪を引いたことがないのだ。
寂しさもより感じるだろう。
そう思ってサッチは悪態をつくような口調で言いながらも優しく手で触れようとした。
けれどマルコは思わぬ言葉を口にし、その手を払った。
「出て行けよい」
「あ?」
マルコの言葉にサッチは顔を顰めた。
「弱っちいお前なんかがいたら面倒だろい」
それは風邪を移してしまったら困るというマルコの気遣い。

バチンッ

乾いた音が響いた。

「怒るぞ」
険しい表情のサッチを驚いた表情でマルコは見た。
弾かれた額が痛みを知らせる。
無意識に手がそっとその場所をなぞる。
「気を使うところが間違ってんだよ」
そんなマルコを見ながらサッチは言葉を続ける。
「そんなこと言うくらいなら普段俺に強いる無茶を止めろ」
「……それは無理だい」
「なら言うな。こんな時に一人にさせるわけないだろ」
「……ほ「他のやつに、とか言うなよ」
「……」
「だったらこれからそいつにお前の世話させるぞ。大体、俺以外のやつがいて休まるのかよ」
何も言い返せない。
「もっと頼れよ」
熱で歪むマルコの視界に映る憂いた顔。
そして視界は暗くなる。
「お、まえっ!」
「こんなことあっさり許すなんて本当に弱ってるんだな」
自分のものが触れた唇をサッチは指でなぞる。
「……移っても知らねぇぞ」
「だから俺はそんなに弱くねぇよ」
唇に触れた指は額へと辿る。
その冷たさにマルコは目を瞑る。
心が落ち着くようだった。
「まだ熱いな。何か作ってくるからそれまで寝てろよ」
冷たい指先は心安らかになったマルコを夢へと誘う。
意識が奪われる寸前にマルコの唇が動き、微かにサッチに向かって笑った。
やがて力の抜けた体をサッチはそっと横たえる。
「おやすみ、マルコ。待ってろよ」
寝息立つ姿にサッチもそっと微笑んだ。


『なぁ、お前のスープが食べたいよい』

(天邪鬼の漏らした小さな本音)



いっつもサッチが不憫なのでたまには強気でかっこよく行こうと思ったのですが・・・伝わりましたかね?
サッチだっていざってときはやるんです!
まぁ、回復したマルコのお礼を受けて自分のしたことを少し後悔することになるんでしょうけどねー(←おい)
そしてサッチは弱くないとか言ってて結局風邪が移ってマルコの看病と悪態を受けることになると思います。


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