揺らぐ青

「おい、サッチを見なかったかい?」
「サッチ隊長ならナースの部屋の方に歩いて行きましたよ」
「そうか。ありがとよい」
答えた隊員に礼を言い、マルコはナースの部屋へと足を向けた。
遠目から目的の人物を確認し、声をかけようとしたが思わずその声を止める。
ナースの一人と談笑し、照れくさそうに頬をかくサッチ。
何を話しているかはわからないが二人の距離はずいぶんと近い。
「マルコ?」
声が届く距離まで来ると驚いたようにサッチが言った。
それだけナースとの話に夢中になっていたのだろう。
こんな近くに来るまでサッチが自分の存在に気が付かなかったことにマルコ眉を顰めた。
「何話してたんだよい」
「え?ああ、次に作る菓子のリクエストを聞いてたんだよ」
そう言って、へらりと笑って見せる。
とても自然な返しだが信用は出来ない。
こう見えてこの男は嘘をつくのが上手いのだ。
「何の用事?」
わざわざやって来たマルコに今度はサッチが尋ねる。
「3時のおやつには部屋に来いって言ってたのは誰だよい」
「うわっ、悪い!もうそんなに時間経っちまってたのか」
その言い方にマルコはピクリと眉を動かした。
それは時間を忘れるほどの時をここで過ごしたということだろうか。
やはり先ほどの答えは信用できそうにない。
疑いの目を向けるマルコだがサッチはそれに気づかず声をかけた。
「今日は昨日リクエストされたラズベリータルトだぜ!」
どうだと言わんばかりの顔でサッチがマルコを見る。
あまりにも晴れやかな顔に毒気が抜かれた。
ナースと何をしていたかはわからないが、この様子だとマルコを裏切っていることは無さそうだ。
問い詰めることは出来るが止めておこう。
それよりも今はサッチと甘いお菓子を堪能することの方が楽しみだった。
ジャムのたっぷり乗ったタルトは予想に違わず頬が緩むほど美味かった。
「なぁ、次の島に着いたらデートしねえ?」
タルトを頬張るマルコの隣で紅茶を用意しながら、サッチがおもむろに口を開いた。
「この間、島を出たばかりだろい」
サッチの問いにマルコは答えた。
デートの誘いは嬉しいが、前の島でも二人で休みを取り、ゆっくり過ごしたばかりだ。
次の予定がどう組まれるかもまだわからない。
いくらなんでも気が早くないだろうか。
そう思ったマルコに対し、サッチは続けて言った。
「いいじゃねぇか、俺はマルコとまた島で一緒に過ごしたいんだよ」
“だって、俺たち恋人だろう?”
そう言って、マルコに向かってサッチは笑って見せた。
しおらしい物言いに思わずきゅんとなる。
軽く首を傾げて、目を合わせてくるのもすごく可愛い。
なんとしても調整をかけて、島で一緒に過ごせるようにしようとマルコは心の中で誓った。
「わかったよい」
「約束だぜ!」
嬉しそうに笑うサッチの顔にマルコもまた笑顔で応えた。



待ちに待った上陸の日。
たまには本当のデートらしく、陸の上で待ち合わせをしようと決めた。
町で一番大きな広場にある時計塔の下での待ち合わせ。
春を迎えたばかりの島では植えられた植物が色とりどりの花を咲かせていた。
日差しは柔らかく、風も穏やかで、まさに絶好のデート日和である。
ゆっくりと針を進める時計を見つめながらマルコは待っていた。
会う時を待ち望んで食い入るように時計を見つめる。
だが、その視線はお世辞にも穏やかとは言い難かった。
まるで時計に恨みでもあるかのように青い目が文字盤を凝視している。
無理も無かった。
待ち合わせ場所と時間を指定した本人がまだ現れないからだ。
待ち合わせ時刻は午後11時。
二人で街を散策しながらお昼を食べようという計画だった。
そして今の時刻は午後11時15分。
約束の時間はすでに過ぎていた。
針が進み、時刻は16分となる。
苛立った足が石畳を打つ。相手はまだ現れない。
ひとつ、またひとつ。
進み続ける時計の長針は真下に差しかかろうとしていた。
「マルコー!」
叫ぶ声が聞こえ、遠くに人影が見えた。
手を振りながらその姿はぐんぐんと近づいてくる。
「悪い、マルコ。待たせたな」
息を切らしながら現れたサッチはそう言って、マルコの肩に触れようとした。
「触んなよい」
パンッと乾いた音がして、サッチの手は叩き落とされた。
マルコの思わぬ行動にサッチが呆然となる。
「いま何時だと思ってるんだよい」
「ごめん、悪かった。でもさ……」
「言い訳は聞かねぇよい」
厳しいマルコの言葉にサッチは口を開くこともままならない。
沈黙する中、マルコに睨まれたサッチは困り果てていた。
サッチを見る青い目は鋭く、強い不信感が窺えた。
普段のマルコならばここまでサッチを追い詰めはしなかっただろう。
けれど今回の誘いはサッチの方が積極的にもちかけたのだ。
待ち合わせ場所も時間もサッチが提案していた。
それなのに遅刻。
責められても仕方のない状況である。
しかし、それでも本来ならばマルコがここまで腹を立てるはずは無かった。
苛立ちはしても軽い小言で済ませるはずだ。
きっかけは匂いだった。
甘ったるい、女が好む香料の匂いがサッチから漂っていたのだ。
男を誘う甘い香りもマルコには不快な物にしか感じない。
つまりサッチはマルコとの約束を前にして、女と会い、あまつさえそのために約束の時間に遅れたのだ。
相手の見当もついている。
ナースの部屋に出入りするサッチの姿が目撃されていたからだ。
それもここのところ頻繁に。
マルコ自身も目にして、不思議に思っていたが疑うまではいかなかった。
けれど船を出る前、ナースの部屋の方へと向かうサッチを見かけて嫌な予感がしていた。
ナースの部屋では無い場所に行ったかもしれない、もしくは何か仕事の依頼をしに行ったのかもしれない。
けれどただ顔を合わせただけで、これだけの匂いがつくだろうか。
自分と会う前に、サッチの体に女が触れたのかと思うとなんともやるせなかった。
言い訳も聞きたくない。
踵を返し、マルコはその場から立ち去った。
「マルコ、待ってくれ!」
慌ててサッチがその背を追いかける。
追ってくる声と姿にマルコは地面を蹴り上げて、その翼を広げた。
青い不死鳥が空に溶け込もうと舞い上がる。
「待ってくれよ!頼むから!」
「ッ……!女に触れた手で俺に触れるんじゃねぇよい!」
垂れ下がる黄色い尾を引く手に鉤爪を突き立て、蹴り上げるが振り切れない。
吐き捨てられた言葉にサッチの方も目を丸くしている。
「は?何言ってんだよ?」
「とぼけるない!気持ち悪い匂いつけやがって!」
「ああ、これはナタリアの……」
「あいつがお前さんを誘惑したのかい!?」
「だから何言ってんだよ!?」
逃げることも止め、サッチの腕に留まったままマルコは詰め寄った。
食い込む鉤爪にサッチの腕は痛むどころか血が滲んでいる。
「お前がこそこそナースの部屋に通っていたことなんざ、お見通しなんだよい!」
怒り露わなマルコの言葉にサッチがハッとした表情を見せる。
その反応にマルコの鉤爪にさらに力が入った。
やわな腕ではとっくに腕が切れるか骨が折れているだろう。
その痛みに耐えながらサッチは慌てて言葉を吐きだした。
「誤解だ、マルコ!」
「言い訳はいいよい!」
「いや本当に違うんだって!」
サッチの反論に再び暴れ出すマルコを必死の努力で宥め、ようやく話の出来る状態になると気まずそうにサッチは語り出した。
「実はさ……」

事の発端はナースの一人から聞かされた自慢話だった。
「見て、これ!島で出会った子に貰ったのよ!」
危うく手に持った盆を取り落すところだった。
ナースの姉さん方に頼まれ、茶菓子の差し入れに来ていたサッチ。
その目の前に突如、手がつき出された。
得意げに示されたのは綺麗な石の入ったリング。
細く白い指の上で鮮やかな赤色が輝いている。
「やだ、ナタリア。これルビーじゃないの?」
ナースの一人が驚きの声をあげる。
ナタリアとは指輪を見せたナースの名前だ。
その言葉にナタリアは笑って首を振った。
「残念だけど違うのよね〜。あの地域で採れる半貴石らしいわ」
「へぇ〜」
「でも石はそんなに高くないけど、デザインも凝っているし、素敵でしょ」
確かに石を乗せるための台座には細やかな彫が施されており、よく見るとリングの輪の部分にも細かな石がはめられている。
「ねぇ、その彼とはどうだったのよ」
興味津々に他のナースたちも集まって来た。
「そりゃあ、それなりのことはね。他にもごはん奢って貰ったり、服も買って貰ったりしたし」
「いつものことながらよくやるわね」
やや呆れ気味に言ったのはベッティで、クールな彼女は男との付き合いもあっさりとしている。
「これでもちゃんと相手は選んでいるわよ?」
恐らくこの中で一番経験豊富なナタリアだがそれに関して揉め事が起きたことは無い。
船の上でもかなりの人気がある彼女だが船員との浮ついた話も聞いたことは無かった。
「すごいな」
よほどしっかりしていて、男の転がし方も上手いのだろうなとサッチは素直に感心する。
「サッチ隊長はマルコ隊長から何か貰ったりしないんですか?」
すごいという感想が彼女のことではなく、指輪のことだと思ったらしい。
その言葉に他の女性陣も反応した。
「確かにアクセサリーとかつけているの見たこと無いわね」
「マルコ隊長がつけているのはたまに見るけど……」
「サッチ隊長が身に着けている姿はねぇ……」
「恋人なんだし、プレゼントくらい何度か貰っているでしょう?」
「髪を固めるためのワックスならこの間、貰ったぜ」
ナースたちの問いに咄嗟に答えたものの答えはお気に召さなかったようだ。
ものすごい剣幕で言い返された。
「そういう日用品とかじゃなくてもっと色気のあるものよ!」
色気のある贈り物ってなんだと思うものの、脳裏には先日渡された夜の衣装が浮かんだ。
ふりふり、ふわふわ、真っピンク。
際どい紐パンとセットにされたあのベビードールは贈り物のうちに入るのだろうか。
いや、入らない!!!
急に勢いよく首を横に振ったサッチにナースたちは驚いたがサッチは笑って誤魔化した。
あれはマルコの趣味であって、サッチへの贈り物とはまた違う。
あれを着て喜んだのはマルコだけだ。
まぁ、マルコが燃えてくれたおかげでこっちも気持ちよかったけど……いや、それは置いておこう。
「俺から贈ってもいいものかな?」
「え?」
ナースたちの言葉を聞いて、サッチは考える。
確かにマルコはアクセサリーをつけることがあるがそれは全て自分で買った物だ。
サッチからの贈り物と言えばやはりお菓子が定番で、宝石の類は贈ったことが無い。
「別にかまわないと思うけど」
「なんだ、サッチ隊長も贈ったこと無かったの?」
「ぜひやるべきよ!マルコ隊長なら普段でも使うでしょうし」
「どうせならお揃いで買ってみれば?」
相談した途端、次々と言葉が飛び込んでくる。
サッチ本人よりも楽しそうに会話を進めていく女性陣。
思わずその熱気に圧倒されてしまう。
贈られたら何が嬉しいだろうか、マルコなら何が似合うだろうか。
二人の仲が現在どうなっているか、あまつさえ床事情まで根掘り葉掘り聞かれ(一体なんの参考になるというのだろうか)、やっと解放されたところでマルコがサッチを迎えに来たというのが先日のことだ。
「こういう時、女って怖いよな」
思い出してわずかに身震いしたサッチを見て、マルコは口を開いた。
「じゃあ、最近ナースの部屋に入りびたりだったのも……」
「そういう言い方はやめてくれよ。なんもねーし」
若干、疲れた様子でサッチが答えた。
「あれから相談料やマルコへの口止め料だとか言って菓子作らされたり、雑用させられたりで散々だったんだぜ。あっちは玩具つかまえた様にからかってくるしよぉ」
相手は海賊船に乗る様な女たちだ。オヤジが認めた人材でもある。
いかにサッチとてあのナースたちに囲まれては太刀打ち出来なかったのだろう。
「その匂いは?」
いまだ香るきつい香料にマルコが眉をしかめる。
「さっきも言ったようにナタリアのしわざだよ」
そう言って、サッチは深いため息を吐いた。
「色気出すために香水貸してあげるとか言ってくれたはいいが、あいつ間違って詰め替え途中で蓋全開の奴をぶちまけたんだぜ!?」
改めて自らの腕や胸の匂いを確かめたサッチはマルコと同じように眉をしかめた。
「服だけは着替えたんだけど時間も迫っていたし、体は洗えなくてさ。やっぱりまだ匂うよな〜」
まるで尻尾の垂れた犬のように己の匂いを嗅いでしょぼくれるサッチ。
「ならこれから宿に行くかい?」
誤解のとけたマルコは先ほどとは打って変わって優しい声で尋ねた。
いまからでも宿でシャワーを浴びれば匂いも落ちるだろう。
「お?まだ昼間だってのにマルコさんってば大胆」
気を利かせたマルコの言葉にサッチは茶化す様に答えた。
含みたっぷりの言葉にマルコも微笑する。
「なら大胆な啼き声、響かせてやろうか?」
負けじとマルコも言い返し、そっとその尻を撫ぜれば慌てるのはサッチの方だ。
撫ぜられた尻の筋肉が強張る。
「うっ、いや……あ、い、いいけど……」
意外にも肯定の答え。
たどたどしい言い方ではあるが照れた顔はじっとマルコを見ている。
「でもその前にこれ……!」
無言で見合うことに落ち着かなくなったのか、思い出したようにサッチはずっと握っていただろう袋をマルコに手渡した。
サッチが遅刻してきたことばかりが気になり、袋には気が付かなかった。
手渡された袋をマルコは慎重に開けていく。
大きさの割には軽い袋を開けると、中には長い布のような物が入っていた。
「サッシュ?」
中身を確かめてマルコが呟く。
「ああ。直前まで指輪かアンクレットで悩んでいたんだけど、目的の店に行く前にそれが目にとまってさ」
濃淡のある青色の布地はまるで炎が揺れるように色が絡み合っている。
「綺麗だろ?鉱物を砕いて職人が手染めしているらしいぜ」
「石で布が染められんのかい」
「ああ、すごいよな。手間もかかるし、量産は出来ねぇらしいけど」
布の手触りもよく、まるで絹のように滑らかだ。
「思わずこれにしちまったけど、やっぱり宝石とかの方がよかったかな……」
気に入って買ったものの、マルコの反応が気になるのだろう。
躊躇いがちに尋ねたがそんなサッチを余所にマルコは腰に巻いていたサッシュを解いた。
そして受け取ったばかりの青いサッシュを新たに巻きつける。
「嬉しいよい」
答えると共に、その身に炎を灯す。
青い炎の翼と共に揺れる青いサッシュ。
海辺の街の風はほのかに潮の匂いがする。
「それじゃあ、俺も」
ひひっと嬉しそうに笑ったサッチがポケットから何かを取り出した。
マルコのサッシュと同じ、炎のような青色。
けれどマルコの物よりはずっと長さが短い。
自分の首に手をかけ、スカーフを解くとサッチはそれを首に巻きつけた。
マルコと同じ青色がサッチの首元を彩る。
「お揃いかい」
「いいだろ?」
海からの風に揺れる二つの青い生地。
身に着けた二人は顔を見合わせて笑うとそっと手を握り合った。
行く先は気の向くままに。
炎のような青を揺らして二人の姿はどこかへと消えて行った。



勘違いマルコなお話。
サッシュとスカーフがお揃いとか可愛いですよね。
この後、二人がどこに消えたかはご想像のままで(^ω^)
白ひげの船に乗るくらいなのでナースの姉様たちはお強いと思います!
出来れば私も混じってマルコやサッチの私生活を根掘り葉掘りしたい。


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