鬼の生まれしわけ(4/4)

時は経ち、元就も今や詭計智将と全国に名が知れ渡り、攻め来る者を打ち負かしていくうちに安芸の国も以前より領土を広げていた。
「これはどういうことぞ。策の半分も進んでおらぬではないか……!」
苛立ちを告げる言葉にそれを聞いていた臣下は震えあがった。
新たに始まった戦の現状を聞き、元就はその知性ある頭で考えを巡らせ始めた。
四国で新たな将が立った。
友好とは言えずとも均衡を保っていた瀬戸内海を挟んでの国はあろうことか元就のいる安芸へと攻め込んできたのだ。
「申し訳ありませぬ、元就様。しかし相手も中々に手強くございまして……」
「言い訳はいらぬ。事の次第では貴様の首も飛ぶことになるぞ」
至らぬ家臣を侮蔑し、元就はある決意を固める。
「我が出る」
元より新たな四国の長が如何様な人物であるかは確かめる必要性があった。
至らぬ臣下に任せるより己が眼で確かめた方が確実であると踏み、また隙あらば打ち取ってくれるという意思のもと元就は敵陣へと突き進んでいった。

「よぉ、あんたが毛利元就か!」
威勢の良い声が空気を揺るがした。
「貴様が長曾我部元親か」
「おうよ!俺が四国を統べる長、長曾我部元親よ!」
やがて対峙した相手を元就は見つめた。
大きな碇槍を持ち、笑うその姿は元就よりずっと若いが豪胆と言える覇気を有していた。
「なるほど……このような人物であったか」
自身でも気づかない程度であったがその勇ましさに心の中で元就は感心していた。
しばし見つめ合う形になった二人だが不意に男は後ろを振り返り、控えていた兵たちに声を掛ける。
「野郎共!この世で一番強い男は?」
男が一層大きな声で問いを唱える。
「アニキー!」
すると野郎共と称された周りの兵たちが同様に大きな声で答えを返した。
アニキとは言わずもがな男のことを指しているのだろう。
この問いだけでは飽き足らず男は更に掛け声をかける。
「この世でいちばんいけてる男は?」
「アニキー!」
「この世で一番海が似合う男は?」
「アニキー!」
「野郎共、鬼の名を言ってみろ!」
「モ・ト・チ・カ!ウォ〜〜〜!」
鼓膜を塞ぎたくなるような声に元就は顔を顰めた。
どうやら自身の軍とはだいぶ質が異なるようであった。
「おい、てめぇらは手を出すんじゃねぇぞ!覚悟しな、毛利元就!」
部下を制し、その体に似つかわぬ身軽さで男は元就の方へと走り寄って来た。
振う碇槍と受ける輪刀が高い金属音と火花を散らす。
「なかなかやるじゃねぇか……!」
「貴様もな……」
重なり合う刃のせめぎ合いに足が強く地を踏む。
空を裂く刃を受け流し、振り落される刃を避ける。
胸を突く刃を受け止めて両者は睨み合った。
「確かに強ぇな……だが貰ったぜ!」
元就の目が驚愕に染まる。
回る輪刀の刃をその碇槍で掬い上げるとあろうことかその自らの槍ごと互いの獲物を長曾我部は彼方へと放り投げた。
「ぐっ……!」
喉元に付けられたのは短刀。
いつの間に取り出したのか光る銀の刃が元就の首元に当てられた。
下手に動けばその首は裂けることだろう。
「どうした動けねぇか?」
「小癪な……」
どうにか逃れようにも相手に隙は見えない。
思わずほぞを噛む元就だが相手は不敵にも笑った。
「毛利元就、こんな格好での申し出で悪りぃんだが俺と同盟を組んじゃくれねぇか?」
「何をふざけたことを……」
「俺ぁ本気だぜ?」
「戯言にしか聞こえぬわ、小童が」
「俺ぁ鬼よ!」
元就の言葉に男は強く答える。
「もう童じゃねぇんだ」
ゆっくりとまるで元就に言い聞かせるように告げられたその言葉に元就は引っ掛かりを覚えた。
そういえばこの容姿はどこか見覚えがあるような……。
己を押さえつける相手を見つめ、考えるその瞳が大きく見開かれる。
鬼を名乗るその者の隻眼は海のような青い目をしている。
それはまるで過去に出会った男の子のように。
「そなた……」
「思い出してくれたか?」
元就の表情に変化を見て鬼と名乗る男は嬉しそうに笑った。
「互いに名を名乗るのははじめてだったよな。俺ぁ知ってたが……どうでぇ俺は強くなったろう?」
元就の首元に当てていた刀を外される。
尚も笑いながら長曾我部は元就を見つめた。
「……」
あのか弱き童がここまで大きくなったかと感慨深げに元就も長曾我部を見る。
歳月とは早いものだとぼんやりと思った。
「この行く先、俺ぁ天下を取る!四国だけじゃ収まらねぇ。だが毛利さんよ、安芸はあんたの物だ」
「当たり前ぞ」
即答する元就の答えに長曾我部はまたも笑う。
「ああ、それでいい。俺はあんたから国を奪うつもりはねぇ」
そして再び元就に申し出る。
「俺と同盟を組んでくれ。そうすりゃ安芸には一切の手出しはしねぇ。こっちもあんたらから攻められる心配もせずにすむ」
「……断ると申せば?」
「ここで死んで貰うしかねぇかな?」
本気とは思えない軽い口調であったが再び突きつけられた刃に元就はその顔を睨み上げる。
「怖いねぇ。ところでこの刀見覚えはねぇか?」
「なんだと?」
長曾我部の言葉に突きつけられる刀を下目で見る。
その目に映る驚きを見て長曾我部はしたり顔で述べた。
「懐かしいだろう。あんたに貰った腰刀だ。ちゃんと大切にしていたんだぜ」
「貴様……!」
「怒るなよ。俺だってこんなもの使いたくはねぇ。だがこの刀で傷つけられるほど屈辱なことはねぇだろう?毛利さんよぉ」
「愚劣な……」
守るべき毛利家の紋が入った刀に傷つけられるなどあってはならぬことだった。
しばし睨み合いが続く。
だが一時立ったところで長曾我部は刀を引いた。
「まぁお遊びはこれまでよ。もう一度返事を聞こうか、毛利元就」
突きつけられていた刀がその腰に丁寧に仕舞われるのを鋭い眼光のまま元就は見ていた。
先ほどの軽薄な物言いとは打って変わり、重々しい声が言葉を告げる。
「改めて申し出る。俺が治める四国とあんたが治める安芸、この二国を繋ぐ同盟を組んで貰いたい」
刀を仕舞うと元就の前に長曾我部は胡坐を組み、両の拳を地につける。
立ったままである元就はそれを見下ろす形となった。
「鬼を手駒におけるのは心強いだろう?」
付け加えるように最後に言った言葉は元の様に軽い口調の物だった。
馬鹿馬鹿しい。
そう胸の内で思う元就。
だがいつの間にかその口元はゆるりとした弧を描いていた。
あの小さな童は元就と出会ってから恐らくその言葉通りに精進を続けたのだろう。
女子と見紛う細く折れそうな手足は今や元就よりも逞しい。
弱々しかった眼差しも強くなり、元就が好ましいと思った瞳は一層の輝きを見せている。
語りかける声も立派な男のものだ。
そしてこの男は自ら“鬼”を名乗っている。
鬼と呼ばれるのを恥じていたあの頃の姿は見る影もない。
変わらぬのはその人とあらざると呼ばれた目だけ。
眼帯の下はどうなっているのであろうか。
もう一つの人の目はどうしたのかと思ったが今問う事ではないだろう。
これほどまでの成長を遂げた相手に興味が湧かぬと言うのも無理な話であった。
なによりこの男を変えたのは自身の言葉であろう事実が元就の心を揺すっていた。
「同盟を組んだところで我は貴様には堕ちぬぞ」
元就の不意の言葉に長曾我部は目を丸くした。
「貴様、まだ我を好いているのであろう?」
「そういうことは指摘せずに黙っとくもんだぜ、毛利さんよ」
ばつが悪そうな顔を目の前の相手は浮かべる。
ほとんど当てずっぽうに近い問いかけだったがどうやら図星であったようだ。
「ふん。貴様が我にしたこと、述べたこと忘れるはずもなかろう」
「あんた俺には忘れろって言ったじゃねぇか!」
「我が忘れるとは申しておらぬ。というか、貴様覚えておるではないか」
「んなっ……!そんな……忘れられるもんじゃねぇだろうが……」
顔を反らし、頬を染める姿は大きくなったその姿では些か不似合いだがまぁ可愛げがあるとも言えなくない。
くつりと笑い声が漏れるのを禁じ得なかった。
「よかろう。貴様の申し出受けてやる」
元就の口が涼やかに音を鳴らした。
「えっ」
「理解出来ぬのか、阿呆が。安芸と四国の同盟を結んでやると申したのよ」
「それぐらいわかってらぁ!でも……いいのか?」
「このように戦を仕掛け、小癪な手まで使い申し出ておきながら今更要らぬと申すのか」
「だからそんなことは言ってねぇ!でも……いや、まぁいい。今言ったこと忘れんじゃねぇぜ!」
喜色に染まる顔を見つめながら自分もまだ甘さを残していたかと思うが四国との同盟はそう悪い話でも無かった。
瀬戸内海を挟む隣国とは親しくしておいて損は無い。
二人のやり取りがすみ、今回の戦も収束した。
目的を果たした長曾我部は国へと帰る。
同盟を正式に結ぶのはまた後日だ。

「それじゃあ、今度会った時はよろしく頼むぜ。毛利さんよぉ」
「握手はせぬ」
「つれねぇなぁ」
長曾我部の軍が船で四国へと帰る日。
同盟の約束が成されたため見送りに毛利の軍も来ていた。
目の前に差し出された手を無視するも相手の表情は笑顔のまま変わらない。
「よし帰るぜ、野郎共!」
長曾我部の号令と共に全員が船へと足を進めていく。
元就も表情を変えずにその背を見送っていた。
「また来るからな!」
船縁へと足をかけ、笑顔を浮かべる鬼の姿。
船へと上がったその姿は多少型外れではあるもののまさに威風堂々に相応しい。
「騒がしい奴め……」
その姿を見つめ、そっと漏れた呟きを拾った者はいない。
小さくなっていく船を見送りながら元就はその青い海を見つめる。
日が照らす海は今日も美しく、またあの瞳と似ていた。


(鬼を生みしは人の言の葉)



アニキが何故他の者から鬼と呼ばれるだけでなく、自らも鬼と名乗るのかを考えてみた結果(・∀・)
なんか天下への興味は薄いみたいだけれど初めの頃は目指していた時期があってもいいんじゃないかなとか…。
ナリ様の言葉で強くなろうと精進する姫若子たん…。
健気にアニキに尽くしても、逆に成長したことでやり返してもいいよww
補足:女子(おなご)、男の子(おのこ)と呼んで欲しいなぁ…とかそういう要望があったり。
同じ言葉でも音の響きでちょっと印象って変わるよね!


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