きっかけは些細なこと

きっかけはほんの些細なことだった。


「……」
「どうした、エース?」
「ああ、マルコ。なんか味が違うな〜と思って」
「?」
「いやさ、ほらマルコが俺に船を降りるか、仲間になるか聞いてきたときに食事持ってきてくれたろ?」
「ああ」
「あんときのやつと味付けが違うなーって、同じ料理なのによ」
「あれはサッチが作ったんだよい」
「サッチ?」
「ほら、リーゼント頭のやつだよい。」
「あいつか!」
頭の片隅に残る金髪リーゼント男が思い浮かぶ。
「あんなアホ面だけど、れっきとしたうちの4番隊隊長だよい」
「強いのかよ」
「当たり前だろい。じゃなきゃ、隊長は任せられないだろい。お調子者ではあるがな」
「ふーん」
……サッチか。



「おい、マルコ!」
不意にでけぇ声がして、うとうとと眠りの世界に入ろうとしていた俺は現実に引き戻される。
……誰だよ。せっかく気持ちよかったのに。
睡眠を邪魔されて、いらつきながら声の主を確かめると、
あっ……。
リーゼント頭がニコニコしながらマルコと話していた。
マルコとあいつは仲が良い。
よくああやって楽しそうに話している。
マルコだけじゃない、他の隊長等や隊員たちにも自ら気さくに話し掛けている。
昨日なんかは自分とこの隊員でもないのに大変そうだからって仕事を手伝っていた。

マルコからあのときの飯はサッチが作ったということを聞いてからというもの、俺はよくサッチを見るようになった。
今まで気にしたことなんて無かったのに、些細なことで人ってのは変わるもんだ。
初めこそマルコの言ったようにお調子もんだと思っていたが、昨日のような面もたくさん見てきたからそれも変わった。
……なんで俺には話しかけてきてくれないんだろう。
話したのは一回だけ。
しかもまだオヤジの命を狙っていたときだからイラついていて、睨んだ記憶しかねぇ。
あの時のこと根に持ってんのかな。
いや、怒鳴り声も大して気にしてねぇような感じだったし、そんなことで無視するようなタイプにも見えない。
思えばこの船には千を超える船員がいるんだし、話しかけられないのもしょうがないか……。
しょうがないと思いつつも胸の中では言いようもない、もやもやが広がっていた。



「あ〜腹減った」
飯の時間にはまだ早いが何か食うもんはないかと食堂に足を向ける。
この間はこっそり食べているのがばれてマルコにこってり絞られてしまった。
今日はばれないようにしねぇとな。
我慢て文字は俺の辞書にはない。
てか、本読まねぇしな!
……何だか甘いかおりがする。
食堂の扉を開けるとなんとも甘ったるい匂いが立ちこめていた。
「よぉ、お前か」
陽気な声がかかる。
「……サッチ」
「なんだ、呼び捨てか?」
意地悪そうに聞いてくる。
「……サッチ隊「ああ、いい、冗談だ、冗談」」
ハハッと笑うサッチ。
「なら言うなよ」
折角、サッチと会話出来たというのにむくれた態度をとってしまう。
機嫌悪くしちまったかな……。
不安が胸によぎる。
しかし当のサッチは気にした様子もなく言った。
「何しにきたんだ?夕食にはまだ早いぞ?」
……まさかつまみ食いしにきたとはいえないよな。
どうしようかと考えあぐねながらサッチを見ると、器用に何かをかき混ぜている。
よく見ればそれは生クリームだ。
さっきからしていた甘いニオイはサッチのせいだったのか。
「何作ってるんだ?」
気になって聞いてみる。
「ああ、パフェ作ってんだよ」
「パフェ?」
「そっ!我らが一番隊隊長様のな」
「マルコの?」
「ああ」
「マルコ、パフェなんか食うのか?」
「なんだ知らないのか?あいつあれでかなりの甘党なんだぜ?この船じゃ常識だぜ。ほどほどにしろっていうんだけどな」
困ったもんだぜ……、といいつつもどこか嬉しそうな顔をしながらクリームを混ぜるサッチ。
「なんかずりぃな……」
マルコのことを考えながら嬉しそうな顔をするサッチを見て、思わずボソッと呟く。
わざわざこうしてお菓子を作るくらい、サッチはマルコのことが好きなんだろう。
「あ?」
「い、いや、サッチとマルコって仲いいよな〜って」
「まぁ、あいつとは船に乗った時期も歳も割りと近いからな」
ふんふんと鼻歌まじりに手を動かしながら答えるサッチ。
「なんだ、嫉妬か?」
黙った俺にニヤニヤしながら聞いてくる。
「なっ、んなわけねぇだろ!」
「お前も随分マルコに懐いてるからな〜。大丈夫だって、無理やりマルコとの時間を取ったりしねぇからよ」
安心しろというようにニッコリ笑いかけてくる。
ぜってぇ、遊んでるな。
さっきからニコニコ笑ってばっかりだし。
ていうか、マルコ相手に嫉妬なんかしねぇし。
「じゃあ、誰にするんだ?」
「それは……」
!!!
「どうした?」
「ちょっ!?俺もしかして口に出してた?」
「おう」
「ッ〜〜〜」
己の迂闊さに頭をガシガシする。
「まあまあ落ち着けよ。別に嫉妬は恥ずかしいことじゃねぇぜ」
「うるせぇ」
居た堪れなくなって食堂を抜け出した。

くそ、余裕綽々でなんかむかつく!
別に嫉妬なんてだれにもしてねぇっつうの!
ガキ扱いしやがって!
ぐぅ〜
場違いな腹の虫がなる。
そういや何か食うために行ったんだっけ。
いまさら戻るわけにはいかねぇよな。
あ〜も〜サッチのせいだ。
あのくそリーゼント!
勝手に腹を立てながら仕方なく部屋へと帰った。



コンコン……。
「いいよい」
書類に目を通しながらマルコは返事を返した。
「よっ!マルコ、持ってきたぜ。言われたとおりトッピングはチェリーとイチゴな」
顔をのぞかせたのはサッチだ。
手には完成したパフェとコーヒーを乗せた盆を持っている。
「わるいねぃ」
早速パクつくマルコ。
パフェはみるみるうちに無くなっていく。
「相変わらず見るだけで胃にくるな」
「……」
サッチの小言もまるで耳に入らないように食べ進める。

「ふぅ。美味かったよい。でも今日のはちょっと甘みが少なくないかい?」
あっという間にパフェを食べ終え、コーヒーをすするマルコ。
「バカ、今日のはちょっと量が多かったろ。だから甘さ控えめにしたんだよ」
「別にそのままでもいいよい」
「だめだ。体に悪い」
……全くマルコの甘党にも困ったもんだ。
仕事が忙しくて食事を面倒くさがる時でさえ、菓子なら食べやがる。
何も食べないよりましだから何も言わないけどな。
今にメタボになっても知らねぇぞ。
だいたいもっと食いたいとか言うから量を多めにしたのによ。あれだけの生クリーム混ぜるの結構大変なんだぞ。
そういえば……、生クリームについて考えていて思い出す。
「そういや、パフェ作ってる途中にエースが来たんだよ」
「エースが?」
「ああ、でもすぐ出ていっちまってよ。何しに来たんだろうな、あいつ」
「そりゃ、つまみ食いだろい」
「つまみ食い?」
「知らないのかい?あいつ大食らいで前もやったんだよい」
「まじでか」
「サッチがいたから諦めたんだろうねい」
「そっか」
「気をつけてくれよい」
「わかったよ。でも俺ってあいつに嫌われてんのかなぁ」
「はあ?」
不意に頼りげなく言うサッチ。
「だってマルコとはよく楽しそうに話してるけど、俺にはなんか冷たいぜ?」
コイツ気がついていないのかよい……。
俺も気づいたのは最近だが、エースはことあるごとにサッチを見てる。
しかもその目はなんだか物欲しそうだ。
他のやつらと楽しそうにしているときなんか、ちらちら、ちらちらと、ものすごく気にしている。
「……そりゃ、初めに世話を焼いてやったからな。気になるんなら話しかけてみりゃあいいじゃねぇか。嫌われてるとは限んないだろい」
「そうだな!」
さっきと打って変わってニッコリ笑うサッチ。
やっぱ単純だな。
「んじゃ、俺はもう行くな」
空になった器を持って出て行くサッチ。
……ああいう楽天的なところは少し羨ましいかもしれない。
きっとエースともすぐに打ち解けるだろう



「よお、エース!」
翌日、エースを見つけて早速声をかけるサッチ。
「サッチ……」
昨日、腹は立てたものの、やっぱり自分の方が悪かったと思い直していたから、相変わらず笑顔を向けてくれるサッチに気が引けてしまう。
「何してんだ?」
「えっ、別に何も……」
「そうか。じゃあ、ちょっと来いよ」
サッチに言われるがまま、ついて行く。
ついた先は食堂だった。

「そこに座れよ」
言われたまま腰を下ろす。
そのまま大人しく待っていると、サッチが何かを持ってきた。
「ほら、食えよ」
差し出されたのは美味しそうにこんがりと焼けたアップルパイだ。
「え?」
「この間は悪かったな。つまみ食いしに来てたんだって?」
「ちょっ、なんで知って!」
「ああ、マルコが言ってた」
マルコの奴!!なにもサッチに言うことねぇじゃねえか。
「マルコと同じものにしようかとも思ったけどよ、お前はただ甘いものより、がっつり食べられるものの方がいいと思ったからよ」
「……マルコのあまりもんじゃないのか?」
「これはお前の為に作ったんだよ。大体あいつが菓子を残すもんか」
まさかわざわざ自分の為に作ってくれたとは思わず、嬉しくなる。
「でも何でいきなり……」
「つまみ食いを邪魔しちまったお詫びってのもあるが、まあ賄賂だな」
「賄賂?」
「これからは仲良くしようってことだよ」
「へ?」
「お前、俺のこと嫌ってるか、苦手に思ってんじゃないかと思ってさ。」
……俺がサッチを嫌ってる?
「でも俺としてはお前と仲良くなりたいって思ってるわけ。だから賄賂、な?」
そう言ってはにかむサッチ。
「別に嫌ってなんかねぇよ!」
声を荒らげながら慌てて言う。
「そうなのか?てっきり嫌われてるものかと……」
「確かに今までひでぇ態度とっちまったけど、嫌ってなんかねぇよ!」
むしろ好きだ!
……という言葉までは言わないで置く。
「そっか、良かったぜ」
改めて笑みを浮かべるサッチ。
「つまみ食いは困るが、これからは言ってくれれば、俺がいつでもなんか作ってやるよ。これから仲良くしようぜ」
そう言って俺の頭をポンポンと叩く。
その手のしぐさと笑いかけるサッチの顔を見て、ドクリと心臓が動いた。
「……おう」
今はまだわからない胸のときめきの正体を、じきに俺は知ることとなる。


(マルコ!お前に言われたとおり、嫌われていると思ってたのは勘違いだったぜ!)
(……だろうねい)
(そんで、アップルパイ作ってやったらすっごく喜んでくれてよ……)
(は?お前そんなの作ってやったのかよい!俺の分は!?)
(お前は他に作ってやっただろうが!)
(それとこれとは別だろい!俺にもくれよい!)
(全然別じゃねぇだろ!!)



マルコがエースに持ってきた食事はサッチが作ったに違いないと勝手に思い込んで書きました。

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