バラの花束

毎日通う大学には自転車を使っています。
最終の講義が終わり、自転車置き場へと向かうと何故か人の視線が向いています。
不思議に思うものの自分の自転車を取るために近づくあなた。
しかし目の前には奇異な光景が。
引き抜かれてしまった自転車のサドル。
もちろんあなたの自転車です。
けれど抜かれたそれは前に付いた籠の中に入っており、些細な悪戯のようなもので実害はありません。
サドルをまた嵌めなおせばいいだけのこと。
けれど、もし、そのサドルの嵌っていた場所にたくさんのバラの花束が刺さっていたとしたらどうでしょう?
可愛いピンクのリボンを携えて。
細い鉄パイプの中から咲き誇る真っ赤なバラの花たち。
さあ、あなたはどうしますか?



☆。+°・。*マルコと不思議な妖精さん*。・°+。☆



Q:あなたはバラの花束をどうしましたか?
A:部屋に飾って毎日お水を上げています。

「おい、待て!それなんかおかしいだろ!?」
「なんでだよい。花に水やるのは当たり前の事だろい?」
「いやそうだけど!いやそうじゃなくて!」
「どっちだよい」
「だから全体的におかしいんだって!」
マルコの身に起きた奇怪な事件の話をサークルの後輩であるエースも耳にしていた。
ちなみにエースの学年は三年生であるマルコの一つ下で、学部も違う。だが人目の多いキャンパス内での出来事は学年問わず、あっという間に広まるものだ。
好奇心を纏う人の目の中、マルコがその花束をパイプから引き抜き、前の籠に入れ、サドルを付け直し、何事も無かったかのように自転車に乗って帰って行ったことも。
噂を聞きつけ、マルコと同じサークルに所属していることを知っている友人に真相を聞いて来いとせがまれ、また自身も気になりエースは本人に問いただした。
けれど返ってきたのはなんともずれた答え。
「捨てりゃいいじゃねぇかよ!」
「花が可哀想だよい」
これまた真面目な声で言う。
「あんな綺麗に咲いているのにすぐ枯れたら可哀想だよい」
確かにあの日サドルの位置に刺さっていたバラの花束は一輪、一輪が傷も無く、美しく咲いていた。
「だけど……!」
「エース、水が零れるよい」
「あっ、悪い!」
思わず身を乗り出したエースの腕が水入れにぶつかった。
傾きかけたそれをマルコは器用に受け止め、元の位置へと返す。
「絵が濡れたら台無しだよい」
「……ありがとう」
マルコとエースが所属するサークルは絵描きが集まっていた。
中には絵ではなく、造形するものや写真を撮るものたちもいる。
美術部なのかと問われることもあるがマルコたちは美術部ではない。
美術部は花形で学祭の時などには運営も手伝い、展覧会も頻繁に行っているがマルコたちのサークルではそのようなことはなく、みな好き好きに物を作ることを細々と楽しんでいた。
出来上がった作品は割り当てられたサークル棟の端の部室に並べられることもあるが各々が持ち帰ることの方が多い。
部室と言うよりは単なる作業場だった。
他のサークルの様に飲み会が頻繁にあることもない。
春の新歓と秋の学祭の打ち上げ、冬の忘年会くらいだろうか。
こんなサークルだからエースを含め、ほとんどの物たちは趣味を楽しむための掛け持ち程度にここに通っている。
エースは人物画を中心にいつも描いている。それも水彩画だ。
複数の人物を対象にした生き生きとした題材のものが多い。
今も描いているのは虫取りに熱心になっている子供たちの絵。
肩車をして上にいる蝉を取ろうとしているのか屈む子供の肩にもう一人が足を乗せている。
家族の休みに合わせ、GWにあたる週末に実家へと帰った際に見かけた光景らしい。
思わず頬が綻ぶほど子供の表情が上手く描けている。
マルコもエースと同じく描くのは水彩画だが、その題材は静物画や風景画が主だった。
中でも植物が多い。特に花の絵。
葉脈や花弁の艶まで写し出すような細密な絵は本当にこの男が描いたのだろうかと疑うほどだ。
キャンパス一面に黄金色を輝かせたヒマワリの絵はエースが入学当初、見学で訪れた時に部室で見つけ気に入り、それがきっかけでエースはこのサークルに入ったのだ。
ちなみにその時の絵は欲しいのならばと、マルコがエースに上げた。
「気持ち悪くないのかよ?」
なにせマルコが持ち帰ったのは得体の知れない花束だ。
例えそれが綺麗なバラだったとして素直に持ち帰るのはどうだろうか?
眉を顰めて問うエースに対し、マルコは平然と答えた。
「どうして気持ち悪いんだい?」
「だって知らないやつからの花束だろ?」
「知ってるよい」
「え!知ってる!?」
エースは驚きの声を上げた。
てっきりマルコに花束を贈った相手はマルコも知らないやつだと思っていたからだ。
「誰なんだよ?そんな悪戯するやつ」
「まぁいいやつなんだよい。」
マルコの口元がふと綻んだ。
「ね、誰?誰?」
思わず口元が緩むほどの相手とは一体だれなのだろうか?
マルコは真面目で友達と言う人たちにもこんなことを仕出かす様なタイプは見たことが無かったから余計にエースは気になった。
「秘密だよい」
「えー、マルコのケチ!」
膨れるエースの顔にマルコは苦笑したがやっぱり相手のことを教えてはくれなかった。



「俺もお前さんのことが知りたいんだけどねい」
エースも帰り、一人となった部室の中でマルコは漸く筆を置いた。
白いキャンパスの中に描かれていたのは真っ赤なバラの花。
エースに言ったようにマルコは花束をくれた相手が誰だかは見当がついていた。
けれど同時に相手が誰なのかは知らなかった。
マルコは“彼”を“ブラウニー”と呼んでいた。
ブラウニーとは性質の良い親切な家事好きの妖精である。
彼は時折マルコのことを助けてくれて、プレゼントもしてくれる。
最近ではその頻度も少し増したように思うが自分もまた彼にお返しをしていた。
姿の見えない親切なブラウニー。
このことは誰にも言ってはいけない、マルコだけの秘密なのだ。
再び取った筆で描いたバラの花の隅に“Dear Brownie”とマルコは書き足した。

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