それでも奇跡を待っている

マルコが来ない――。
店の扉が開くたび、サッチはそこを食い入るように見つめる。
待ち人来たらず。訪れない人の代わりに来る客に、沈む心を隠して応対する。
世間はもうすぐクリスマスだ。
サッチのお店にもケーキを予約しに来る客がたくさんおり、またそのためのケーキや菓子の陳列もはじまっている。
店の中と外はトナカイやサンタ、ツリーといったキラキラとした飾りつけであふれていた。
もちろん外の世界も同じ。
キラキラ輝く世界に置いてけぼりを食らって、サッチは色のない眼でそれを見ていた。

会いたい。

心の中はその文字で占められていくのに、悲しませたという事実がサッチを足踏みさせる。
今年のクリスマスはとても寂しいことになりそうだ。
クリスマス当日や、その前後はケーキ屋であることもあり、店は目まぐるしく忙しい。
けれどさらにその前後では職場や友人たちとパーティだってあった。
去年は参加したが今年はもう、そのすべてに断りをサッチは入れてしまっていた。
何か良い人でも出来たのか、予定があるなんて良いな。そんなことを言われた。
けれど違う。サッチには何の予定もない。
こんな気持ちで周り全てが浮かれる場にとてもじゃないがいられないという理由と、マルコを悲しませた自分が祝い事に参加してはダメだろうという自責の念がそうさせていた。
ちらちらと窓の外では雪が舞う。
クリスマスの当日も雪らしい。ロマンチックなホワイトクリスマス。
大雪ではないからきっと恋人たちの心はさぞ盛り上がるに違いない。
恋人に、なれると思っていた。
去年のクリスマスは何もみんなと参加するパーティが楽しかっただけじゃない。
マルコにも会えた。
サッチのいるこの店を懇意にしてくれていたマルコは去年のクリスマスケーキをここで予約していた。クリスマスは実家に帰って、家族と過ごすのだと嬉しそうに言って、サッチの渡すケーキを大事そうに抱えた。
すごく素敵な笑顔だった。家族を大事にするマルコ。可愛いマルコ。
忙しいクリスマス。マルコに会うことは出来ないだろうと思っていたのにマルコの方からサッチに会いに来てくれた。
そんなマルコにこっそりいちごをたくさんおまけしていたのも良い思い出だ。
そう、思い出なのだ。
今年、マルコはまだ訪れない。ケーキの予約の期間もあと一日で、終わってしまう。
マルコのためにケーキを作ることがサッチの楽しみなのにそれは無く、無情に日々が過ぎていく。
マルコと会えなくなって、一週間。それが死にたくなるほど、苦しい。
死にたいくせにまだ生きているのは、もしかしたらまた来てくれるかもしれないと、ただの受け身で縋りついているだけなのだ。
なんて身勝手なんだろう。
どうせならマルコに殺されたい、なんて願望も醜いわがままだった。可愛く、綺麗な存在にそんなことを願ってしまってはいけない。
待つだけの日々に、体は生きて、心だけが死んでいく。
いっそ心だけでも死ねば、マルコのことを忘れられるだろうか。否、あの輝く存在が消えることなどない。
けれど、自分から会いに行く選択肢もなかった。
マルコを見守ることは将来一緒になるはずだったサッチの特権のように思っていた。けれど、今のサッチはマルコを傷つけた大罪人だ。
そんな自分がどんな面をして、マルコを見つめれば良いというのだろう。
許しが欲しかった。また、笑って欲しかった。
けれど、またあの顔をさせてしまうのが、怖い。
お店に、来て欲しい。そうすれば覚悟も出来る。
少しでも、少しでも、あの優しいマルコがサッチのことを視界に入れてくれたのならその瞬間に謝りたかった。それが許されないならマルコの手で断罪されたかった。
「いらっしゃいませー!」
マルコはまだ訪れない。
サッチのいる店なんて、見捨ててしまったのかもしれない。でも、まだ来る可能性は残されている。
訪れる客に表面だけは元気よく声をかけながら、心の中は雪空のように灰色に沈み続け、それでもまだ聖夜のような奇跡を望んでいる。

会いたい。

灰色の心の中でキラキラした思い出が浮かんでは沈んでいく。
望むことはそれだけだった。

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