酔いどれ月夜

闇の色を緩和する月輪が天上から光を降り注ぐ。
昼間青く輝いていた海はその鳴りを潜め、微かに波を浮かべている。
人の溢れる街並みから外れた島の片隅。
人の気配は薄れるがそれでもまばらに家が立ち並び、その中には宿と思わしき一軒の古びた館の姿もある。
その入口の扉の右脇で鈍い橙光を発する外灯に今、影が被る。
春島であるこの島では些か不釣り合いな毛皮の上等そうな黒コート。
そこに収められた左腕。
その手は通常の形をしておらず、手の平の代わりに金属製のフックが取りつけられていた。
顔には右から左へと横断する縫い傷があり、過去にこの男に何かが起きたことを示している。
男の右手が館の扉に手を当て、ゆっくりとその扉を開く。
中では初老の男性がカウンターで新聞に目を通しており、男の姿を見て取るとそれを机の隅に寄せ、丁寧にお辞儀をした。
いらっしゃいませと言う声の後、カウンターから出てきた宿の主人は手提げのランプを手に男を案内する。
三階建ての宿の最上階。
一番奥の部屋の前まで来ると主人はまた男に一礼し、こちらですと告げて去って行った。
ランプの光を失い、暗くなった廊下。
目の前の部屋からは光が漏れている。
先客がいるのだ。
男の手が扉をゆっくりと押し開く。
「久しぶりだなぁ。ちったあ成長したか、ワニ小僧」
室内のベッドに腰掛ける巨大な男の姿。
手にしているのは酒瓶だろうか。
入ってきた男は盛大に顔を顰めた。
「うるせぇ、クソジジイ。てめぇこそまだ生きていやがったのか」
「グララララ、相変わらず威勢はいいようだな。元気そうで何よりだ」
「ちっ……」
暴言を吐かれるも気にも留めず、嬉しそうに笑い飛ばす。
皺のある顔がより深く皺を寄せ、目を細めて男の顔を見た。
彼の名前はエドワード・ニューゲート。
この大海賊時代で四皇として数えられ、“白ひげ”と呼ばれ恐れられている海賊だ。
そして後からこの部屋に訪れた人物、クロコダイルと恋仲でもあった。
二人の関係は僅かな親しい者たちを除き、知る者はいない。
「こっちに来い。一緒に飲もうじゃねぇか」
「ふん。いい酒用意して来たんだろうな?」
「安心しろ。お前が味に口うるさいのは承知してらぁ」
ベッドの横に置かれたソファーへとクロコダイルが腰かける。
「なんだ。隣にゃ来ねぇのか」
呆れたように白ひげが息を吐く。
「なんなら膝に乗るか?お前くらいなら軽いもんだ」
「調子に乗るんじゃねぇよ」
そう言うとテーブルに置かれていた杯を手に取り、注げと言わんばかりにその杯の口を白ひげの方へと傾ける。
「グララララ。まぁ、以前に比べたらだいぶマシか。あの頃は俺の差し出す物に手をつけすらしなかったからなぁ」
懐かしむ様に白ひげの口から言葉が漏れる。
「ふん。昔を振り返るのは年寄りの癖か?老けたな」
注がれた酒は透明でありながらコップの縁に沿い、金円を描いていた。
鼻孔に近づければ爽やかな果実の香りが溢れ、口に含むと口当たりの良い酸味が広がった。
「……白ワインか。あんたにしちゃあ、洒落たもの飲んでるじゃねぇか」
おそらく長い年月を掛けて熟成されたものに違いない。
「グララララ。お前のためよ」
そう言って自らは瓶のまま煽る。
見れば白ひげの足元にはどれも銘柄の違う酒瓶がいくつも並んでおり、それらは全てクロコダイルが好みそうなものばかり。
他にも丁寧に包装紙が掛けられたリボン付きの箱が置いてある。
あれの中身は大きさからしておそらく洋服か何かだろう。
だが素知らぬ振りをして視線を戻した。
クロコダイルの指先が無意識に首元を探る。
爪先に引っ掛かる金色の鎖に通された宝飾のクロス。
それも過去に白ひげから贈られたものである。
「ふん……」
味が気に入ったのか手にした杯を逆さになるほど傾けて全てを飲み干す。
「おい、無くなった」
そう白ひげに向かって空っぽになった杯の柄を摘まみ、逆さに振ってみせる。
「ああ。今、別の物を開けてやる」
「俺ぁ今のが気に入ったんだよ」
「気に入ってくれたんなら嬉しいがこっちももうねぇんだ。諦めろ」
そう言って次の瓶を取るために下へと手を伸ばす白ひげ。
「何言ってやがる。まだ残ってんだろ」
「……どうした、ワニ小僧」
らしくない、意味の分からない言葉と己へと歩み寄るその行動に白ひげが体勢を戻そうとすると身に着けたコートの襟元をグッと引き掴まれる。
突然の行為に驚くものの抵抗せずにいれば濡れた唇が触れて、舐める様に口内を掻き回した。
「んぅ……」
自ら舌を絡めるクロコダイルを白ひげはそっと引き寄せた。
「ん、はぁっ……あんた、嘘はいけねぇなぁ」
交わす唇に白ひげが激しさを露わにすればそれを受けた口は息を荒らすが表情は飽くまで崩れない。
挑発するように放つ言葉を白ひげは黙って聞いていたがすぐに笑い出した。
実に楽しそうに。
「グララララ……!そりゃあ、悪かった。そんなに気に入ったならもっと飲ませてやる」
「おい、離せっ……!」
白ひげの意図を悟り、クロコダイルの体が暴れる。
だが、体格差は歴然としており、引き寄せられた腰は既に膝元でカッチリと止められている。
逃げようがない。
「欲しかったんだろうが」
「もう十分だ……んんっ……!」
再び唇が重なり合う。
抵抗も結局は始めの内だけでやがては同じように舌と舌が絡み合う。
先ほどよりも長い間重なる唇はもう酒の味など残してはおらず、それでも痺れるほどには甘かった。
「ん……」
息を吐く、濡れた小さな唇を白ひげの指が拭い去る。
「少しは満足したか」
問う白ひげに、クロコダイルは苦虫を噛み潰したようにその顔を見つめ返した。
「飲ませすぎなんだよ、ジジイ。酔っちまっただろうが」
吐き出される憎まれ口。
だが、その顔に走るのは熱の籠る朱色。
「そいつぁ、悪かったな」
謝るその口ぶりは、けれども余裕に満ちていてクロコダイルは静かに舌打ちをした。
「……俺を酔わせたんだ。責任は取りやがれ」
微かな呟きの後に力の抜けた体がゆっくりと白ひげの腹へと倒れ込む。
「グララララ。ああ、もちろんだ」
倒れる体は抱き留める腕の中に包まれる。
心の中に湧き上がる温かな安堵感。
どこか口惜しく思いながらもクロコダイルは無言のままにその瞳を閉じた。


(心惑わす、月宵酒)



清花様よりリクエストいただきました。
白鰐です!

密かな逢瀬でツンデレ鰐がちょいと甘える感じと言われたけれどどうでしょうか?
なんか思わず白鰐に嵌りそうな感じなのに上手く表現しきれないこの想い…!
鰐は貢がれ上手じゃないかなと勝手な妄想で思ってます。
大人で懐の広いかっこいいオヤジとツンデレで可愛い鰐!
けっこう甘やかされていると思います。
隊長たちと出くわしたら嫉妬の嵐だろうなぁ…。

書き直し・返品は受け付けます!
大変遅くなり申し訳ありません…!
企画参加ありがとうございました☆


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