秋の夜長

肌寒くなりつつも天から降る日輪の陽は暖かいそんな昼時。
ある者は畑作で芋を掘り起し、またある者は稲の刈取りに取り掛かる。
子供たちは外を元気に走り回り、とんぼを追っていた。
秋の季節が訪れていた。
屋敷の庭でも紅葉が赤く色づいており、時折虫の音色も聞こえてくる。
なんの変哲もないごく普通の風景は今が戦乱の世であることを忘れさせそうであった。
気まぐれな秋風が枯れ葉を攫って行く。
遠くに人の声は聞こえるがこの場所だけは穏やかな静寂に包まれていた。
そんな静寂の中にぱらりと書の頁を捲る音が聞こえる。
縁側に仰向けとなり、目を閉じていた元親はその音にそっと目を開けた。
視界の先にとある影。
逆さまになった世界の中に一人、本を手に取り文字を読みふける者がいた。
紐で綴じられた少し煤けた古書を琥珀色の両目が直線を辿る様に真っ直ぐと文字を追っている。
「まだ読んでんのかい。あんたも飽きないねぇ」
「……」
話しかけた言葉は無言に呑み込まれた。
話しかけられた相手、毛利元就は変わらず黙々と書を読んでいる。
元親の言葉が聞こえてないということはこの距離ではありえない。
縁側に寝転がる元親とその傍で書を読む元就との距離はわずか手の平一つ分ほどであった。
元親が手を伸ばせばその指先は元就の膝に触れる。
「……」
撫ぜるように何度か指を這わせても元就はぴくりとも動かない。
突いたり、抓ったりしてみても同じ事。つまらないものだ。
「なぁ、そんなにそれ面白いのか?」
寝転がっていた体勢からついに起き上がると元親は顔を寄せて元就に問う。
「……」
「返事くらいしろよ。つまらねぇな」
いくら経っても反応の無い元就に元親は不満気だったがそれでも完全に邪魔はしたくないのか軽くその顔を睨んで見せた後にすぐ離れる。
けれど今度は自らの背を元就の背に預けるよう寄りかった。
木綿の服越し(元就は絹越しであるが)からでも相手のわずかな体温は感じられた。
背中であるから互いの鼓動まではわからないが微かに揺れる背に相手の呼吸を感じる。
安心するようでいて少し落ち着かない心地だ。
「……そんなに本が好きかねぇ」
その言葉は問いかけではなく呟きだったが不満な気持ちがありありと見えるようであった。
背中越しにちらりと元就を見た元親はため息を吐き、それでも少し思案すると自らの手を後ろに伸ばし、片手で書を持つ元就の開いた手をそっと握った。
同じ男でも元就の手の方が元親より小さい。
すっぽり包んで感触を確かめた。
「何をしている」
指を間に絡めたり、その綺麗に整えられた爪を擦っていると声が掛けられた。
やっと合った視線に元親の鼓動が跳ねる。
「別に触ってるだけだぜ?」
「貴様のせいで次の頁に進めぬ」
片手で書を持つ元就は眉根を寄せて見せた。
「あーそういうこと……はいはい、わかりましたよっと」
触れていた手をそっと外す。
やっと声を掛け、こちらを見てくれたと思ったらやはり優先すべきは自分らしい。
はっきり言って寂しいが我が儘もいっていられないだろう。
物事に耽りたい時に自分を傍に居させてくれるだけでもありがたいと言えるのだから。
「また寝るわ」
寝ると言っても横になり、元就を眺めるか目を閉じてその存在を感じるだけだが。
折角傍にいるのに本当に寝入ってしまうのはもったいない。
そんな己の心を相手がわかっているとも思えないが。
いや、知られた方が恥ずかしいか。
一人そう心の中で頷くと預けていた背を離す元親。
「待て、長曾我部」
「あん?なんだよ……」
元親の行動を阻む様に聞こえた声に相手の方を振り返る。
その理由を問おうとした元親だがその問いは途中で消えた。否、呑み込まれた。
「んんっ……」
振り返る拍子に見えたのは大きな琥珀色の玉。
それが元就の瞳だと気づく頃には近づいた唇が触れていた。
優しく重ねられた口の隙間から滑るように舌が入れられる。
「んん、ふっ……」
しつこい位に中を弄ばれる。
互いの口が離れる頃にはその唇はしっとりと濡れていた。
「おいっ、何すんでぇ……!」
荒れた息のままで叫ぶ元親。
「うるさいぞ」
「お前がいきなり変な事するからだろうが!」
何をしても意を介さなかった奴がする行為とは到底思えない。
だからこそ心臓が喚いていたがそんな焦る元親を見て元就は微笑を浮かべ、鼻で笑った。
「貴様が望んだことであろう?」
自信ありげに吐かれた言葉に元親の目が一瞬点となる。
「だ、誰が望んだって……!?」
「貴様よ、長曾我部」
「なっ……」
「我が気づいていないとでも思ったか、愚かな。我を欲していたのであろう?」
元就の指先がゆるりと元親の頬を撫ぜる。
「何より先ほどからやれ声を掛けるわ、やれ触れてみるだの、構って欲しいのが丸わかりだ。馬鹿め」
「ッ――!」
確かにわかりやすい態度だったかもしれない。
けれどそれでも極力邪魔しないようにはしていたつもりだ。
特にはっきりと望みを言ったわけでもない。
それなのに何故接吻してみたいと思ったことがばれたのであろうか。
いや、“構って欲しいのが”と言う様に元就が気づいたのは元親が構って欲しいと言う事実だけで接吻の事ではないのかもしれなかった。
でなければ恥ずかしいどころではない。
泳ぐ目はそれでも元就の顔を見ていたがそんな元親を見て元就は呆れたように言った。
「なんだ、まだ足りぬのか?唇ばかりを見て物欲しそうにも程があるぞ」
その言葉に今度こそ元親の顔は紅葉の様に色づいた。
今の言葉から察するに自分は先ほどもその唇を見ていたに違いない。
それも接吻を受けた後と違い、無意識に。その口をだ。
もはや何も言い返すことは出来なかった。
「それでどうする?」
元就の問いに混乱していた元親はやっと思考を取り戻す。
それは言うなれば誘いの文句で、断る道理はむろん無かった。
「いただくぜ」
少し冷えた頭がまた熱を欲する。
再び重なる口はじっくり互いを求め合う。
元就の手から書が落ちたがどちらも気には留めなかった。
「……はぁっ。なぁ、毛利……」
口付けが終わり、それでもなお離れがたいように元親は相手を見つめた。
元就が眉を顰める。
「昼間から盛るな。この痴れ者が」
「だってよぅ……」
元就の足元でその存在を知らしめるように元親の股間がやや気恥ずかしそうに擦れていた。
服の上からもわかる程にその形が浮き上がっている。
「口付けくらいで勃つな。馬鹿者」
「勃たないあんたの方がどうかしてるぜ!」
元親もまだ若く性欲も有り余る頃の男児だ。
恋人との接吻に滾らないわけがない。
気恥ずかしそうにしながらもその目はまだ物欲しそうに元就を見ていた。
だがそんな元親を無視して毛利は再び転げ落ちた書を手に取る。
「日輪の輝く間に情事など気が触れている」
素っ気ない言葉に元親はお預けを食らった犬の様な顔を見せた。
見るからに物悲しそうな顔だ。
「あんたが誘ったくせによぉ……」
既に火がついてしまったことを示す様に今度はしっかりとその股の物を元就の膝へと擦り付ける。
「我は知らぬ。貴様の勝手だ。かような物を我に触れさせるな。切り落とされたくはあるまい?」
「恐ろしいことを言うんじゃねぇ!なんだよ、つれねぇなぁ」
「畳を傷つけるでない。鬼は鬼でも餓鬼か、貴様は」
いじけたように爪で畳を掻き毟り始めた元親を叱咤する元就。
とうとう元親はまた床へと転がり、元就に背を向けてしまった。
訪れた無言の空間にまた頁を捲る音が聞こえた。
「……秋の夜長という言葉を知っているか?」
書を読む元就がおもむろに口を開く。
「秋の夜は長いってことだろ。そのまんまじゃねぇか、馬鹿にしてんのか?」
「そのようなつもりはない。だがそうだ。秋の夜は長いものよ、長曾我部」
「だからそれがどうしたってんだ。意味わかんねぇぜ」
「長い夜のために今はゆっくりしておればよいと言っている」
「ああ?」
「……日輪が天上にある間の情事など気が触れている。だが沈めば後は何が起きても知らぬと言うことよ」
“鈍い奴め”
続く言葉の意味をすぐには理解出来なかった元親だがようやく元就の言わんとすることが理解出来た。
慌てる顔が何か言いたげに口を開き、だがすぐに閉じてしまう。
何か言おうとしかけた口を自らの手で塞ぎ、そして気まずそうに元就から顔を反らした。
「……寝る」
間を置いてようやく呟かれた言葉は顔を背けたまま吐かれた。
「そうか」
答える元就も元のように書を読み耽る。
再び元親が横になった縁側では日輪が真上から少し下へと落ちたことで陰が出来ていた。
「せいぜい覚悟しておくのだな」
目を閉じた瞬間、そんな言葉がぽつりと聞こえたが聞こえないふりをする。
見えない相手の顔が笑っているのが確かに感じられて元親はどこか悔しく恥ずかしい気持ちを抱えながらやがて夢へと落ちた。
日輪がその身を隠すまでそう長いことはない。


(夢見るは日盛り、秋の夜長に見る夢は無し)



不意打ちを狙うナリ様。なんでもお見通しだと言う事。
アニキが結構乙女になったww
口調がまだ迷子です(笑)
アニキを窘めてお預けさせるナリ様っていいと思うんだ…!


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